◆脳のことを出来るだけわかりやすく書き残していきます。その3,人生は失敗するに決まっている。

●この記事は未来ある若者たちのために書いています。

人生は失敗することの連続です。なぜなら

脳の司令塔である前頭葉の前頭前野の中身が

◎成熟するには

時間(年月)が掛るからです。

前頭前夜が成熟するとは、

物事の全体的な状況から細部の状況まで、

様々な状況を客観的に相対的化しながら(見渡しながら)

総合的に、判断したり理解したりできる脳になるという事です。

前頭葉は脳と身体から入力されたものを記憶に貯蔵しながら

なおかつ、それを

・客観的に検証したり

・仮想(シュミレーション)したり、

・考察を重ねたり

・過去の記憶と連鎖させたり

・編集して

少しずつ熟していきます。

熟すとは理解の幅が広がることでもあります。

だから、若いうちは、入力情報も少ないし、

経験知や体験知も希薄ですから、

成功するより、失敗する方が多いのです。

つまりその人が確信を持ったり、自信を持つにいたるまでには

たくさんの人生経験の蓄積必要なのです。

しかし若者は、ともすると、若気の至りである、

マウント的自信を持つこともありますが…苦笑!

なんでも知っているとい思い込みの錯覚や、自我の顕示で、

プライドのマウンテンになるのですね。

前回、脳は思い込みや仮想の世界であると書きましたが、

若い時のその思い込みや仮想が、どんどん壁にぶち当たるのが

人生です。

失敗や挫折こそ、善き道への道程でもあるのですよ。

脳のそういうメカニズムを知らないから、

失敗することを悪のように思ったり、

自分を責めたり嘆いたりするのですね。

私に言わせれば、30代などはよちよち歩きであり、

40代くらいじゃまだまだで、

少なくとも50代くらいまでは、脳の情報も経験値も未熟ですから。

逆に失敗や挫折がない人は、

脳が幼稚な精神年齢でとまってしまう、ということもあり、

悪いけど、そういうおじさん、おばさんも沢山います・・・苦笑!

脳の物理的完成(ハードとしての脳)は

10歳くらいで90%完成してしまいますが、

そのあとは、

デフォルトの脳から自分のソフト世界を創出していく努力の連続が

人生そのものとなります。

脳の中で、

知識は勿論、経験や体験の蓄積、

それと呼応する考察力や、分析力や、統計力、

そして編集力などが積算される中で、

脳が勝手にそのソフト世界を●自己組織化していきます。

この自己組織化する、というのが脳のすごさです。

この自己組織化というは、いわゆる

素晴らしいひらめきということにも繋がっていきますが、

反対に一歩間違えると、

人生が崩壊するようなことにもなってしまいます。

自己組織化については次回詳しく書きますから、

是非読んでください。

若さの未熟さと、

自分の思いこみや仮想や依存が、

とんでもない事件をおこした例としてあるのが

30年近く前のオーム事件です。

この事件では

高学歴の青年たち、しかも物理や生物学を勉強してきたはずの青年達が

いとも簡単に教祖に洗脳されてしまいました。

その原因の一つは、

彼らの若さや、脳の前頭葉の未熟さがあったのではないかと

私は思います。

彼らは教祖に洗脳された思いこみで、事件を遂行してしまいました。

つまり観念的な知識はあっても、

社会的な経験値が少なく、社会や人間に対する

●認識の浅さや●甘さや●依存が、

彼らの中にあったのではないかと思います。

もしかしたら、優等生としての挫折などがその深層心理に

あったかもしれないですね。

それともう一つの大きな有因は、彼らが科学者でありながら

●脳科学の知識に欠けていたからではないかと思います。

オーム事件の青年達がもし脳科学についての知識があれば

教祖のインチキなど見破ったでしょうが、

当時、脳科学はまだまだ一般的に知られておらず、

さらに彼ら自身の社会知や世間知が低いために

ひっかかったんでしょう。

話を元に戻すと、もうお分かりだと思いますが、

私がお伝えしたいのは、若いということは、

情報も経験も体験も、未熟であり、

前頭葉の成熟が未熟なため

若者は失敗するに決まっているということ。

そして若年における成功者ほど、その反動は大きく

その失敗は大きな怪我になると思います。

また受験戦争で勝っても、脳の中は、

すでに答えのあるものばかりを勉強してきたわけですから、

逆に答えのないところで答えを見つけて行くという能力が

育っているかどうか・・・??

そういう意味での優等生も、優等生でないにしても

若者たちは、くまなくと言ってもいいくらい

社会とか人間関係とかいう

大きな壁にぶち当たるに決まっているのですよ。

また、自分は失敗しても、他人はそうでないように見えますが、

人間なんて●誰もが失敗するものなのです。

だから自分が失敗することを恐れたり悩むより、

●知ることの歓び、つまりいかに知性や知力を身につけるか、です。

人生とは、生きるとは、

●知性が磨かれ、自分が成熟していく喜びの中にあるのだということを

チャンと心得て貰いたいのです。

人生は亀歩や牛歩のごときで、大器晩成でいいんです。

74歳の私が思うのは、

74歳になっても尚この世は、自分の知らないことだらけです。

次回は脳の自己組織化について、書きます。

それは一歩間違えると、あのオーム事件の青年達のように

人生がとんでもないことになりますから、

書き残しておきたいと思います。

若い人は是非読んでいただければ幸いです。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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