我が尊敬のアンデルセンその5、有力者、ヨナス・コリーンとの出会い!

さて、どこまで行っても、いつまでたっても、

貧しさから抜け出られず、

希望や未来が見いだせない中で、

それでも頑張るアンデルセンは17歳になりました。

しかし夢をあきらめきれないアンデルセンは

相も変らず、脚本を書き続けるが、そこには

大きな問題があったのです。

つまりアンデルセンの書く物は、

「ふつう、これほどひどく基礎的な知識に欠けている作品を

手元に置きたいと思う人はいない」と言われるように、

文章の基本がまるでできていなかったのです。

たしかに内容はロマンにみちたもので、才能の兆しが見えたのでしょうが

なにしろ、文法や綴りやという読み書きの基本がなっていなかった。

なぜならアンデルセンは、ろくすっぽ学校へも行かず、

しっかり基礎を学ぶということをしていませんから、

自己流で書くしかありませんね。

しかし世の中は捨てたものではありませんでした。

アンデルセンの書いた「アルフソル」という悲劇を読んだ

グートフェルトという説教師が、当時のコペンハーゲンの

大物中の大物であるヨナス・コリーンを紹介してくれたのです。

ヨナス・コリーンは、王立劇場の財政を管理し、さらに

アンデルセンのような見どころのある若者を援助する

王立基金を管理していました。

さらに彼は宮廷の官職にあり、政府高官でもありました。

そしてアンデルセンはコリーンの面会を受けにいきます。

コリーンは大変裕福なひとでありながら、

質素な暮らしぶりであり、勤勉な実務者であったらしいです。

簡素な椅子と折り畳み式の机で執務するコリーンは、

アンデルセンの話を寡黙に聞いただけでした。

だからアンデルセンは又も失望してコリーン宅を後にします。

が。

コリーンはアンデルセンを

基本的な教育を身につけるために、

文法学校に推薦する、という書状を書いてくれたのです。

アンデルセンは王立劇場の理事会に呼び出され、

ヨナス・コリーンの推薦により、

アンデルセンが国王から援助を申請される決定を受けたことを

知らされました。

さらに文法学校を卒業したあかつきには、

コペンハーゲン大学へ入学するというのです。

そうなんですよ、アンデルセンの迷路は、彼が十分な教育の基本を

習得しておらず、自己流でなんとかし、さらに

自分の思いだけで、世の中が通るものだという未熟さにあったと

言えましょう。

このヨナス・コリーンこそ、アンデルセンの生涯にわたって

彼を援助し続けたパトロンとして、父親のような存在であり、

コリーン一家はまるで家族の一員のようにアンデルセンを

包み込みました。

そしてアンデルセンは地方都市のスラーエルセにある

文法学校で学ぶことになりました。

しかしそこはアンデルセン以外は11歳の少年たちの学校であり、

そこに17歳のアンデルセンが入学したのですから、

まあ、なんていったらいいのでしょうかね~・・・。

そしてそこでもまた、アンデルセンは大変な中に巻き込まれます。

読んでくださっている皆さんには想像が着くかとおもいますが、

それも含めて次回に書きます。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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