◆74歳の蛹その6,未来を担う三人の青年3,稲の国のお米の文化を継承する。

自然栽培で林檎をつくる佐々木悦雄さんによれば、

作物の中で稲が、いちばん無肥料無農薬で作りやすいとのことです。

さらに菊池陽佑青年夫妻に聞くと、

農薬や化学肥料で傷んだ田んぼを、何年か手で草を取り続けるうちに、

田んぼの土地が少しずつ生き返り、土の温度が上がっていくそうです。

そして土が勢いを増し、土自身で熟成していくとともに、

生える草の種類が変化し、最後にはあまり草が生えなくなる、と

いうのです。

つまり土と稲が草に勝っていくのですね。

それは田んぼの土地と田んぼそのものの熟成により、

いわゆる自然のモデリングが出来ていくのではないか、と私は思います。

つまり土と稲との●相関的な共生圏ができていくのではないか、と

私は思うのです。

田んぼの土本来の生命力と、稲という草そのものが持つ自然の生命力が

共生のハーモニー圏を作り出していく。

また、稲は本来は強靭であり、土との条件があえば、

ちっとやそっとでは淘汰されないのではないか、と思います。

それは<奇跡のリンゴ>の木村秋則さんが述べておられるように、

森の中のどんぐりがなぜ、肥料も農薬もなしに、毎年実をつけるか、ということとも

重なるようにも思います。

稲は戦後、改良で、いじくり倒されてきたがしかし

元々は稲が強烈な自然耐久力を持っていたからこそ、日本は2,000余年もの間、稲作が途絶えず、

それで日本人は生き延びてきたのだな~とも思います。

そしてこの稲と共に日本の文明と文化があった、ということが

日本人にとって、とても意味があるのではないか、と私は考えるのです。

稲作と共に集落の形成があり、集落が経営される中、

良くも悪くもその村の掟や規範ができ、そして、生活習慣や行事、祭りや宗教の祭事も、

すべてその根底に一本の丸太の如く突き抜けているのは米作りとその文化ではないか、と

思います。

そこから広がって紡がれてきたのが、日本の文化と芸術であり、

その華麗なる世界、つまり神楽、田楽や能楽や歌舞伎や日本画や短歌の世界も、

お米の文化として継承してきたのではないかと思います。

日本人の血の中には、2000年の中で熟成されたお米の文化が流れており、

それが日本人の原形であると、私は思うのですが。

それは、日本人の生真面目さや、正直さや、内向性や愚直さであり、

まさにそれはお米の味そのものように思います。

これからの時代は化学物質(農薬や肥料)がさらに高質化され、

技術がAIロボット化される中、

稲作もそのベースに乗り、大量生産の道を行くと思います。

そしておそらく世界は、その方向へと驀進していくでしょう。

しかし、多くのことがそちらへ流れてゆく中、

その一方でこの日本という国において、化学やAIの手を借りずとも、

自然そのままの稲作が再現され、

自力で咲き、実をつけるお米という貴重な食物が、

青年達の手により継承されることが、大きな意味と価値を生み出すと、

私は思います。

それは、日本の文化圏が失われず、継承される、という点においても、

大きく意義がある、と思いますよ。

まさに、極点の星のごとく、キラキラと、驚異的なサスティナビリティとしての価値をもち、

同時に素晴らしい意義をもって、

日本と世界の農業の一隅を照らすと思います。

それは間違いなくそうなると思います。

頑張れ、菊池青年夫妻、君島青年夫妻、そして横田佐知夫青年と全国の志ある農業青年達よ。

次回は未来を遠望するとき、局所的な発想ではなく、

ありとあらゆることを視野にいれ、

世界をパノラマ的に見渡して考える、ということを書き残しておきたいと思います。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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