◆作家の眼5、厳しく、そして深い愛を以て!

作家の眼は人間や対象に対して、どれだけ厳しく見極めるか、であり、

それは翻ってどれだけ深い愛情で包み込むか、である。

作家の眼は人間や対象に対して、どれだけ厳しく見極めるか、であり、

それは翻ってどれだけ深い愛情で包み込むか、である。

それが出来ていないと底の浅い、チャラチャラなものしか書けない。

しかし、対象に斬りこみ、その裸形の芯までたどり着くと、

ほゞ感動する。

或る者はまっすぐに、或るものはひねくりかえり、或るものは、

出口のない魔境にいても、その生きざまの全てを見渡すと

そこには微かな陽炎のような光が見える。

作家の冥利は対象の人生の全てを見渡せることです。

智恵子も賢治も一葉も、その始まりから終わりまで見渡した時、

私は感動した。

特に一葉の姿は、赤貧の中、時に狡猾であり、平気で借金を踏み倒していくが、

その底には、一筋の美しい澄んだ湧き水が、確実にあり、

そしてそれらはいつも命がけであった。

賢治の童話「洞熊学校を卒業した三人」の中で、

欲深な蜘蛛はクモの巣にかかった獲物を溜め込んだ末に、

それが腐りだし、さらにその菌がクモに移り、

その腐った身体は雨に溶けて流れてしまう。

つまりよこしまな奴は内部から腐り、

崩壊するのである。

人間も社会も、まことにこの道理であり、

澄んだ水が流れなくなったものは、本人や

その社会が知らないうちに、滅びへと進行するのである。

振り返ってみれば、日本はまことに豊かになった。しかし

それは、「茹でガエル」のぬるさをも生み、

日本人の意識も、社会の趨勢も、どこかヌルく、

厳しさが欠けてしまったように私は思う。

200年前に生まれた資本主義はもう、突端まで来てしまった。

文明はアナログからデジタルへと移行してしまっている。

そして、文化は、恐ろしいほど幼稚になっている。

どうなるのか日本と日本人。

ただ、救いは、少なくとも、まだ大勢の人々の心の底には

澄んだ水が流れている、ということだ。

侘助が咲いた!!
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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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