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◆私のカウンセリングその2,人間は考える生きものある、

そもそも私はクライエントという言葉が大嫌いです。

そういうレッテルを張り付けることこそが不毛だからです。

なぜなら、人間はいつも変わり続けている存在であり、

そこには様々な偶有的な出会いや体験により、

量りしれない可能性の中を人間は、生きているからです。

だから確かに私はカウンセリングをしますが、

しかし来談者こそは、私を変えうるソウルフレンドでもあるからです。

そして

●私は人間は考える生きものある、ということを

信頼している。

考える生きものであるからこそ、自分の変化の中に

一粒のたからものを見つけることができるのである。

     〇 〇 〇

最近は便利なもので、以前のドラマをコマーシャルなしでみれる。

それで毎晩「ドクター✕」を一本ずつみているが、とてもためになる!!

「ドクターX]こと大門美知子先生は、必ず癌を根治しようとする。

つまり取り残した癌は、再び復活し、転移する可能性があるからだ。

決して妥協しない。

カウンセリングも同じで、徹底的に厳しく問題の基を指摘していないと、

それは、再びその人の中でいつの間にかもとに戻ってしまう。

カウンセリングの武器は言葉である。

言葉は、考え、考えたこと、を明確にしてくる大事なツールでもある。

言葉こそが人間の最大の発明であり、漠然としたものを、しっかりと

認識させてくる武器でもある。

人間の脳は言葉に依って明確に認識されたことと

無意識領域で漠然と浮遊するものとがあり、

人間はむしろ無意識領域で漠然としたものによって行動していく。

だからいくらカウンセリングしても、その言葉が傷のようにその人に

刺さっていないとつい、

以前通りの思い込みや行動様式で生きてしまうのである。

言葉が刺さるということは、辛いことでもあるが、しかし

それは、ある時、ある場面で、ハッと思い出し、そこから新しい気づきへと

自己展開できる。

パスカルの言うとおり、人間は、まことに、<考える葦>である。

しかし、だからこそ、足を止めて、考えるということこそが

人間を高等にしたのだと思いますよ。

その人間が、考えもしないで、うかつに安易にそして、

甘ったれて、さらに利害本意で生きるからこそ、

社会がいつまでたっても成熟しない・・・怒!

あゝまた、話が飛んでいく・・・・笑い!

次回は、今気が付かないと、手遅れになるよ、という事を

書きたいと思っています。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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