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◆ドラマ「絶メシロード」2,もっと早く気づくべきだった。

ドラマ「絶メシロード」を見ながら、ふと考えたのは、

何か日本人は、文化のボタンを掛け違えたのではないか、という事です。

いつの間にか、大型資本がはびこり、チェーン店が闊歩し、

大量生産された、企画品の食べ物に毒されてしまった。

本当は、絶メシ食堂のように、街の片隅で、

熟した食職人の技術による、旨いものを、

もっと大切にしなければならなかったのでは、と思う。

社会というものは、ちいさなカケラの価値観が集まり、

集積するなかで文化が生まれ熟してゆく。

その小さなカケラのひとつひとつには、ちいさな個人の努力が熟している。

本当はそれを大切にしなければならなかったのでは、

と思う。

金を持った、大型資本の極めて雑駁な文化に、

日本国中が、イナゴの大軍のように食い荒らされてしまった。

残念なことに、人間は、失った後に、

失ったものの重要さに気づく。

全国の津々浦々にあった小さな絶品メシの大衆食堂。

しかしそこには、日本の食堂の大切なルーツがあったのかもしれない。

食堂のおじさん、おばさんが持っていた、

美味しいものを食べさせたいと、ささやかに提供されていた食職人の心意気。

それがいつのまにか消えていくとしたら、何と勿体ないと、

私は思うのです。

それは、食堂だけではなく、すべての事において、

日本人が、考えなければならないことではないか、と

思います。

もっと早く気づくべきだったと思います。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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