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芸術生活その6、アンデルセンの「赤い靴」

時々自分が夢うつつになり、ふと人生は悪い冗談か、と思う時がある(笑)

これは悪い意味ではなく、ふとした瞬間に、私の意識水準が変わり、

現実が何か夢の中の事のように思える瞬間があるのだ。

現実の重みがのカスカスの薄さになり、ふと、

私が生きてきた事はみな架空のことに過ぎないと言う気分にとりこまれそうになる。

そうなると、

私は実存的には生きてこなかったのではないか、という思いが吹上げられ

私が体験してきた現実は、

夢のまた夢の出来事に過ぎない、と、思いそうになってしまうのである。

つまり私の人生は、ただひたすら脳のファンタジー内をグルグル生きたのではないか、と首を傾げてしまう。

脳科学からみれば、

それは確かにそうかも知れないのだ。

つまり、人生は初めから終わりまで、

私と言う舞台の上で、脳が説明する舞台で、

踊り続けたにすぎないのかもしれないのだ。

生きることは思い込みと錯誤の連続で、

脳はまことに巧妙に自分の都合の良いように、それを合理化して、辻褄を合わせてくれる。

※この脳の辻褄合わせは、いずれ脳科学で解明されると思いますよ。

そうなると、今までの人生はまことに、まことに、自分の思い込みの中で完結している、ということにもなるのだ。

つまり、

自分が自分の舞台で踊ったいる事そのものなのです。

所詮他者は、通りすがりの脇役にすぎない。

もしかしたら私達は、アンデルセンの「赤い靴」の少女のように、

始めから自分の人生の一本道を、

ずっと踊り続けているのかもしれないね。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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