アンデルセンのその小さな愛の世界8,最終回、小さな愛の愛の世界!

19世紀は、魂の所在はどこにあるか、という事が議論された時代です。

もうたくさんの思想家や哲学者やさらに科学者や天文学者や医学者その他の人々が

寄ってたかって論争し、文明が大きく成長した時代です。

そしてあのアインシュタインが1879年に生まれ、

時代はいよいよ20世紀へと入っていきました。

そんな時代の流れの中、アンデルセンも

実は素晴らしい脳の洞察を書いているのです。

童話「最後の日」の中で、人間の中には動物がいる、と書いています。

実はこれはその通りで、人間の脳は古い脳の<大脳旧皮質>と

新しい脳の<大脳新皮質>で構成されており、

古い脳の中に辺縁系といわれる、動物の本能の名残りの脳があるのです。

そこでは本能的な食欲、性欲、睡眠欲、 喜怒哀楽、情緒、などを司り、

それは自分を守ろうと他を威嚇したり、否定したり、

本能的な食欲や性の欲望衝動の感情が発火していきます。

私たちの自我の中に起きてくる、まあ、自分の手に負えないネガティブな感情は

この辺縁系という部位を私たちが持っているからです。

しかし一方では、高邁なことに感動したり、高次な精神の中で生きようとする部位は

新皮質の前頭葉の中にあります。

眼の奥にある眼窩前頭葉皮質は、

そこが破損したり、傷ついたすると、凶暴な行為や言動や

性的欲望のままにみだらに行動するようになります。

つまり私たちの脳の中には、命を保全し、

その生命体としての自分を生かすための

●対立のプログラムと●共生のプログラムの二つがあり、

それが時にしのぎを削り、格闘し、葛藤しつつ

いかに自分が人間らしく生きたらいいかを、

脳の理性帯で探しながら生きている、ということです。

それが魂と呼ばれるものではないか、と私は思います。

苦しみながら悩みながら、

自分の脳と身体の中に起きるすべての現象と格闘するそれが、

綾となり、重層に綴れ織られ、積み重ねられていく中で、

いかにも自分らしい、自分という作品がうまれていく、それが魂ではないかと思います。

さらに、神や仏というのも、人間が生き伸びてゆくために脳が作り出した概念、

ファンタジーだと私は思います。

だからと言って私は神話や宗教を否定しません。

お正月には神社に初詣にいき、古刹を訪ねては感慨にふけり、さらに

クリスマスは喜び、京都や奈良に出かけては心を洗います。

天地創造も日本書紀も古事記もなんと素晴らしい世界でしょうか!

新約聖書の世界(旧約聖書ではありませんよ)も仏教の世界も、

そして私はまだその経典を読んでいないので分かりませんが、

イスラム教の中にもきっと愛の世界があるのではないでしょうか。

つまりそれらは人間の智慧であり、文化であり、

人間が生き伸びてきたことの大切な遺産なのです。

さて話をアンデルセンにもどしましょう。

アンデルセンも悩み悩んだ末に、聖書の中の三つの世界に

達したと思います。

神の恩寵、あなたは神から愛されているよ!という世界。

そして、お互いに、ちいさな、ささやかな愛で向き合おうという世界。

さらに人間は愚かしく、間違いばかりをしでかす、だから責めたり裁いたりしないで、

赦し合おうという世界。

なぜならあなたが何をしても、もうそれは神様から赦されているからだよ!、という世界です。

実は私も自分の人生をどう生きたらいいかを悩みつづけました。

いろいろな試行錯誤の中、失敗や間違いをたくさん犯しました。

そんな中で、出会ったのがこのアンデルセンとドストエフスキーです。

ドストエフスキーの小説の中には、ありとあらゆる人間の自我の狂気が描かれています。

読んでいくとその狂気や虚無や無力感の中で、

絶望しそうになります。

しかし、もっと読んでいくと、

ドストエフスキーが何を伝えたかったのか、その光が

見えてきます。

私にはなんだか、彼は神様が愛した、小さな人々を愛してほしいと言っているように思えます。

小さな人々とは、無知で自分勝手で、もう愚かなことばかりしでかす人間です。

でも、そんな人々の奥にも、幼子のような魂があるはずです。

その純真な魂こそに向きあい、信じあい、そして一緒にいきる。

最後にアンデルセンが教えてくれたもう一つの大切なこと。

それはアンデルセンのバイセクシャリティーです。

男と女の世界を網羅する第三の視座です。

人間は、身体においては明確な機能の条件としての女と男の違いがあります。

しかし脳は、情報と、シュミレーションと、創造の世界です。

そしてそれは個々の人間においてそれぞれのバリエーションがあり、

世界の人口が78億人なら78億のバリエーションがあり

つまり脳においては、人間と人間、もちろん女と男の間にも

限りないバリエーションがあるのです。

そのひとり、ひとりの固有性こそが才能として

創造の可能性を開くのです。

人種の違い、民族の違い、国の違い、そして男女の違いなどの

そういう人間の小知恵が作ったくケチくさい違いを超えて、

この世は、たくさんの創造性で成立しています。

それを見事に示し、顕わしてくれたのが、

アンデルセンの童話世界だと思います。

いつも長文を読んでくださり、ありがとうございました。

そして、

このシリーズを私の大好きな親友でもあるバイセクシャルのB君に捧げます!

ボケの花が咲きました!

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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