いつもコメントやイイネをくださる
作曲家の野村朗先生から
ヘッセについてのコメントを頂きました。
ところが私の記憶が曖昧で
他の作品と勘違いし、
それを思い浮かべてご返事を書いてしまいした。
それで
早速教えていただいた「漂白の魂」を読みました。
読みおえて、やはり深い感慨の中に落ちました。
アンデルセンもドストエフスキーもそして
ヘッセも、人間の業の世界をそのまま受け入れて優しいです。
ただヘッセの文章はとても男性的で骨太で格調があり、
理知の秩序が美しいです。
アンデルセンはどこか線が柔らかく女性的で、
ヘッセとは対照的ですね。
ドストエフスキーは口実筆記のためか
とてもドラマティクです。
いずれも、人間の脆弱さに対する
神の視点からの優しいまなざしがあり、
<存在>をそのまま丸ごと包み込み
スケールが大きいです。
ヘッセはアンデルセンが亡くなった2年後の
19世紀末に生まれます。
19世紀は本当に多くの哲人、思想家、文学作家が割拠し、
それぞれが人間を論じています。
そこには存在感溢れ、人間の体温が刻々と伝わるような
重層感があります。
それに比べ現代はなんだか人間も社会も小粒で平板で、
なかなか読みごたえのある文学作品やや思想家に出会えません。
ただね、面白いな~と思ったのは
物語の研究家である佐藤義隆さんによると、
国民的アイドルの「ドラえもん」は、もしかしたら
アンデルセンの童話をヒントに生まれたかもしれない、という事です。
また「ドラえもん」のあのポケットを始め、いろいろなエピソードも
アンデルセンの童話が下敷きにあるものがあるらしいです。
日本の子供たちは、
ドラえもんからいろいろ教えてもらっているのだな~と、
なんだかちょっと安心しました。

コメント