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エッセイ47、自分の為のメモ3、実は、挫折を繰り返したていた宮澤賢治!

言葉世界において、

賢治はその豊穣な語彙と表現で、

世界一だと私は思っている。

しかしその一方で、

宮沢賢治ほど,神格化され、虚像化された作家は他にいない。

そして彼自身が全くそれを望んではおらず,

もし生前の彼がそれを知ったら、

むしろ苦々しく不快に思ったであろう。

彼が望んだのは、法華経の「常不軽菩薩」的自分であり、

更にメモ「アメニモマケズ」では、

ホメラレモセズ、クニモサレズ、

そういう者になりたいと言っているわけだから。

彼の死後の扱われ方を思うと私は、

本当に賢治が気の毒になる。

実のところ賢治は保坂嘉内との決別以来、

挫折や失敗の連続でもあり、

自分が理想化した世界や事物が次々と

崩れていったが、

彼のその失意や苦悩は、ほとんど知られていない。

キーワードは<クニモサレズ>で 

この言葉の裏には,彼の存在を苦にしていた父親の存在がある。

この父親はかなり問題の人物で、

口では自立できない賢治を嘆きながら、

深層心理では賢治に張り付き、

自分との共依存の中に賢治を囲い込んだ。

また「アメニモマケズ」のメモは、

ここからは私の推察ですが、

何もかもが失敗し、

心身共にボロボロになった賢治が、

自分を守る最後の砦として上京し、

おそらく東京で伊藤ちゑと世帯を持とうとしていたが、

実はちゑから断られて、

すべてが崩落し、

発熱する中で力尽きて書いた、と思われる。

つまり賢治の敗北のメモである。

ちゑは最初から賢治と結婚する気などなく、

思い込みの激しい賢治がいつもの癖で

結婚できると思い込んでいたのが、

崩壊した。

つまり、羅須地人協会の失敗に更に追い打ちをかける人生の失敗として、

この時点で賢治は、

自分の在り方についての、

決定的否定打を打たれた。

観念が先行し、頭でっかちに自分(人間)を理想化し,

その反対に民衆を甘く見た賢治の、メシアイズムが見事に、

現実から打ちのめされたのである。

その後賢治は実家に帰り養生生活をしたが、

それから死ぬまでの期間は、

すべての夢,幻想,思い込が賢治の中で醒めていく期間であったと、

思われる。

賢治の妹トシも,

当時流行っていた心霊科学(スピリチャル)の世界に嵌りこみ、

賢治も少なくともそれに影響されたと思われるが、

賢治の死の直前に書いた手紙には、

明らかにそれからも醒めている賢治がいる。

ただ当時はまだ脳科学など未解明であり、

脳と心の二つがあるという、

デカルトの二元論が信じられていた時代であり(今でもそう信じている人はたくさんいる)

一方ではアインシュタインの相対性理論を理解する頭脳の賢治にとってはおそらく

科学と心理現象を止揚する結論を出せず、

その迷いの中ににいたと思われる。

その迷いの中で「銀河鉄道の夜」を書いた。

しかしそれにしても、

最後の賢治はまことに醒めた賢治であり、

その高い知性の覚醒と結実を見る。

そしてあの挫折が無ければ賢治の

覚醒もなかったと思います。

そしてそれからの賢治は、

この世での自分の役割として、

正座して農夫の肥料相談を受ける賢治であり、

すれ違ってもだれか分からないくらいに、

ただの普通の人として生きる賢治である。

その普通化した賢治を理解できた時こそ、

普通では到達できない覚醒の境地に達した賢治の

並々ならぬ非凡さがわかる。

そしてあの宇宙的豊穣さの言葉と、

そこに流れる透き通った賢治の思いが、

私達の中を風のように吹き抜けて行く時、

私達の中で、

賢治が生き返える。

それこそが賢治の

いちばんの願いであったと、

思う。

私自身若き日より賢治の言葉に

励まされて生きてきた。

賢治にはその感謝しかない。

※賢治を聖人のようにに祭り上げず、人生に挫折したひとりの人間として見る。そのように賢治の苦しみを理解してこそ、賢治は喜ぶと思いますよ。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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