◆マグノリアの木~人生が終わるということは悪いことではない~

         

この度は大変お騒がせし申し訳ありませんでした。

なぜまだ、癌かどうかの結論がでていないのに、

わざわざご心配をかけるような記事として書いたかというと、

実は、胸のしこりことがが分かってより、

私の中に起きてきた心理のことを書きたいと思ったからです。

それは私という老人が変わり者だからかもしれませんが、

しかしもしかしたら、人生を経て終わる、ということは

こういう事かもしれないな~とも思うからです。

物書きのはしくれとして、書いておこう、という事もあります。

 その1

お乳から汁が出る、ということで病院へ行き、乳腺専門の先生に見ていただきました。

すぐエコーを撮ろうということになり、そこで13ミリほどの陰が見つかりました。

もしかしてこれは癌ですか?と先生に訊くと、

そういう疑いもあります。というので、私は

もし癌であれば、私は手術はせず、癌と一緒に生きます、と言いましたら、

先生は、驚いておられ、

まあ、とにかくもっと詳しく検査してみませんか、

良性のものかもしれないから、とおっしゃいました。

それでさらに精密なエコーで検査すると、カテゴリー4のしこりだという事でした。

カテゴリー4は、良性と悪性の間のグレーゾーンで、

もしかしたら悪性かもしれにないと。

今度は鍼をさして、細胞組織をとる検査をしましょうおっしゃいましたが、

私は、もうその時、いや悪性ならもうこのままでいいです、といいましたら、

先生から「田下さん、とにかく、奴の正体を見極めましょう」と説得され、さらに

組織を撮って検査ということで、

今回最終的には、乳腺腫であると、わかったのです。

ただ、もしかしたら癌かもしれない、という時点で、私の中には

ある種の覚悟が出来てきました。

癌を受け入れるという覚悟です。そして、

人生の終わりが見えてきたことで、

むしろ、なんだかホッとしたものが起きてきました。

その事を、実は書きたいと思ったのです。

長くなりましたので、その事を次回に書きます。

宇津木の花が咲きました!

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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