◆マグノリアの木その~人生が終わるということは悪いことではない~その3

自分が終わるという事に対しては、自分でも驚くほど

泰然とした自分がいました。

動揺があるとしたらもし癌治療を受けない場合、

どういう痛みがくるのか、

耐えられない痛みだと嫌だな~という心配くらいでした。

思えば、私の人生はいつも自分の感情との戦いでした。

おそってくる不安や怯えや怒りの感情をいかに

脳から追い出すかの戦いでした。

いかに自分を客観的に見つめるかを

何十年も続ける中で、

感情も執着もが、整理されていったように思います。

また、人間として、女性として、いかに自立するかというテーマをたてて、

できうる限りの依存と執着を捨てましたから、

今は、<生>に対する執着や、人に対する執着もかすかなものになりました。

しこりが見つかった時、同居している娘に対しては、

私への依存をすててしっかり自立することを、伝えました。

彼女は二週間くらいそのことで悩んだようです。

胸の異常を発見してから約二ヶ月、色々なことを考える日々でしたが、

私としてはやっておくべき仕事として、

まだまだ一般的には知られていない脳のことを、

分かりやすく書いておかねばと思いました。

もうはっきりと申し上げますが、

生きることは●自分の脳(心)世界との戦いです。

自分の脳におきていることがすべてなのです。

なぜなら、この世のことはすべて、

その人間の●脳世界の投影だからです。

だからこそ、

まずは、人間が対立したり争うことや悩むことが、

脳の観点からみるといかに不毛であるかを

書いておこうと思い、

これはかなり気合をいれてシリーズで書きました。

「こんなに便利で、清潔で、物が溢れているのになぜ、人は争い悩むのか」の

シリーズです。

ただ脳の世界を説明するのが難しく、てこずりました。

この原稿はまだまだ手を入れる必要があります。

そして脳のもう一つの大きな機能である

物や事象を●<抽象化する能力>については、まだ書けていませんから、

これから文を考えます。

それともうひとつ書き残しておこうと思うのが、

脳の時代における●イデオローグ(思想家)の必要性です。

イデオロギーといっても、右とが左とかいうちゃちな思想なんかではありませんよ。

社会科学、自然科学、人文科学、脳科学、さらには、哲学や文学、芸術などを網羅して、

●人間と社会の在り方を考える思想家です。。

AIテクノロジー社会になればなるほど、

AIテクノロジーが人間と社会にとって、益になること、不利益になる点を、

総合的に検証しつつ、

社会全体からそれを俯瞰してみる●思想や哲学が必要です。

外国のことは分かりませんが、残念ながら、今の日本には

そういう哲学者もイデオローグ(思想家)もいません。

これからの時代こそ、そういうパノラマ的な視野とスケールの

哲学者や思想家が出現してほしいと思うのです。

そうでないと、おそらくテクノロジー一辺倒に社会は

突っ走っていくと思いますよ。

この二ヶ月の間、毎晩そういうことを考えながら寝ました。

そして、ほんとうに、心から思ったのは、

ささやかながら、このような私も

命のあるうちは、できうる限り、

何かの役にたって人生を終わりたいという事です。

次回はこのシリーズのタイトルがどうして「マグノリアの木」なのか、について

書きたいと思います。

つづく!

白いバラとカラーと鉄線が、みんな空を向いて咲いてます!!
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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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