自分が終わるという事に対しては、自分でも驚くほど
泰然とした自分がいました。
動揺があるとしたらもし癌治療を受けない場合、
どういう痛みがくるのか、
耐えられない痛みだと嫌だな~という心配くらいでした。
思えば、私の人生はいつも自分の感情との戦いでした。
おそってくる不安や怯えや怒りの感情をいかに
脳から追い出すかの戦いでした。
いかに自分を客観的に見つめるかを
何十年も続ける中で、
感情も執着もが、整理されていったように思います。
また、人間として、女性として、いかに自立するかというテーマをたてて、
できうる限りの依存と執着を捨てましたから、
今は、<生>に対する執着や、人に対する執着もかすかなものになりました。
しこりが見つかった時、同居している娘に対しては、
私への依存をすててしっかり自立することを、伝えました。
彼女は二週間くらいそのことで悩んだようです。
胸の異常を発見してから約二ヶ月、色々なことを考える日々でしたが、
私としてはやっておくべき仕事として、
まだまだ一般的には知られていない脳のことを、
分かりやすく書いておかねばと思いました。
もうはっきりと申し上げますが、
生きることは●自分の脳(心)世界との戦いです。
自分の脳におきていることがすべてなのです。
なぜなら、この世のことはすべて、
その人間の●脳世界の投影だからです。
だからこそ、
まずは、人間が対立したり争うことや悩むことが、
脳の観点からみるといかに不毛であるかを
書いておこうと思い、
これはかなり気合をいれてシリーズで書きました。
「こんなに便利で、清潔で、物が溢れているのになぜ、人は争い悩むのか」の
シリーズです。
ただ脳の世界を説明するのが難しく、てこずりました。
この原稿はまだまだ手を入れる必要があります。
そして脳のもう一つの大きな機能である
物や事象を●<抽象化する能力>については、まだ書けていませんから、
これから文を考えます。
それともうひとつ書き残しておこうと思うのが、
脳の時代における●イデオローグ(思想家)の必要性です。
イデオロギーといっても、右とが左とかいうちゃちな思想なんかではありませんよ。
社会科学、自然科学、人文科学、脳科学、さらには、哲学や文学、芸術などを網羅して、
●人間と社会の在り方を考える思想家です。。
AIテクノロジー社会になればなるほど、
AIテクノロジーが人間と社会にとって、益になること、不利益になる点を、
総合的に検証しつつ、
社会全体からそれを俯瞰してみる●思想や哲学が必要です。
外国のことは分かりませんが、残念ながら、今の日本には
そういう哲学者もイデオローグ(思想家)もいません。
これからの時代こそ、そういうパノラマ的な視野とスケールの
哲学者や思想家が出現してほしいと思うのです。
そうでないと、おそらくテクノロジー一辺倒に社会は
突っ走っていくと思いますよ。
この二ヶ月の間、毎晩そういうことを考えながら寝ました。
そして、ほんとうに、心から思ったのは、
ささやかながら、このような私も
命のあるうちは、できうる限り、
何かの役にたって人生を終わりたいという事です。
次回はこのシリーズのタイトルがどうして「マグノリアの木」なのか、について
書きたいと思います。
つづく!

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