◆マグノリアの木その~人生が終わるということは悪いことではない~その5

この二ヶ月の間、自分の人生の終着を遠望しながら、

考えた時に、ふと宮澤賢治の童話「マグノリアの木」が浮かびました。

人は誰も、どんな人もその人生は決したやすいことではありません。

賢治が諒安を祝福したように、

どんな人もその厳しい人生の山や谷を超えた時こそ、

きっと芳香を放つマグノリアの花が咲いていると思います。

さて、話を童話戻しますと、

「マグノリアの木」ではとても不思議な対話が交わされます。

「あなたですか、
さっきから霧の中やらで
お歌いになった方は」

「ええ、私です。またあなたです。
なぜなら私というものもまた
あなたが感じているからです。」

「そうです、ありがとう、私です、またあなたです。
なぜなら私というものもまた
あなたの中にあるのですから。」

不思議な会話でしょ。

しかしこれはまさしく脳の世界そのものです。

脳というものはどういうものかを

分かりやすく説明しますと、

例えば、ここに一人の人の写真があります。

その写真をみての反応として

・Aさんは「寂しそうな人だなあ~」と思います。

同じ写真をみて

・Bさんは「おとなしそうな人だな~」と思います。

同様に

・Cさんは「ねくらな人だな~」と思います。

というように、

人間ひとり、ひとりは、

同じ写真をみても、感じることも思う事も全く違い、

それぞれの

脳の世界観で、物事を解釈していきます。

つまり此の世のありあらゆる事は、

自分のその時の心(無意識にある心)を通して、

他者を見たり、物事を感じたりしているのに過ぎないのです。

だから、「私はあなたであり、あなたは私である」のです。

極論をいうと、

自分が感情に重きを置いている人は

寂しそう、という反応をします。

性格にシフトしている人はおとなしそうと思い、

ネアカとネクラという属性(表面的な俗性)に気が取られている人は

そういう風に反応するのです。

ありとあらゆることにその人の脳の世界観が反映されます。

例えば服のデザイナーだったら、

どんな服をきているか、サッとというところに目が行くように、です。

だから自分の心の在り様(存在)がどうであるかや、

何に関心を持っているかや、

どのようなことに神経を使って生きているかは、

自分が他人や社会をどのように見ているかへ反映されるのであり、

実のところ

その客体に対して、

自分の思う事や感じることが

ほんとうにその通りであるかどうかは、わからないのです。

真実と、思い込んでいるにすぎないのです。

つまり

他者が私を見ている場合も、

その人がその人の心を反映して私を見ており、

それは、もしかしたら実際の私とは、別物かもしれないのです。

脳の世界とは、こういう風にすべて

脳が思い込んだものを通して、

情報処理されていくのです。

逆に自分の脳世界にはないものに対しては

感じることも、判断することもできないってことです。

ここにも、それぞれの人間の限界もあります。

そしてちょっと困ったことに、

そういう自分の認識に、

自分(その人間)の欲求や、期待、望みなどを上乗せ(依存)してしまいます。

するとそれは過剰に膨張したり、装飾されたりして、

幻想化されてしまいます。

また現実そのものを見極めないで、幻想を追った結果

それが叶わないと不安に陥ったり、失望したしたりしますが、

それも大変身勝手なものなのです。

特に依存や甘えがある場合などは、それの幻想が酷くなります。

恋愛などがまさにそうですね。

つまり

初めから終わりまで、人間は自分の脳世界の現象を生きるのですね。

こういうことが理解されていくと、他者と争ったり、

或いは自分が思い込んで悩んだりすることが

いかに不毛で、独り相撲であるかが分かります。

さらに、自分を正義としたり、相手を不義とするのも、

本当はおかしいのです。

つまりすべての事は相対的にみなければならないのですが、

この<相対化>するというのが、なかなか難しいのですね。

多くの人は自分の思い込みこそ、正しいと思いこむのですから…苦笑!

※相対化とは、自分からみた視点と相手(他者)から見た視点の
両方から見ることです。

もうお分かりだと思いますが、

人間は、人間世界という合わせ鏡の中のをいきているのです。

この事はミハエル・エンデなども「鏡の中の鏡」という作品で書いています。

ミハエル・エンデのそれはちょっと難解なのですが。

実は宮沢賢治も「インドラの網」という童話をかいていますが、これも難解です。

次回、そのことを書いて、このシリーズを終わります。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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