映画も音楽も絵画も文学も、すべて作りては最も純粋なものを以て作品となすべし!

エバンゲリオンとは、ギリシャ語で<福音>という事です。

それは人々へ神の善き知らせをもたらすことであることを差します。

と言っても私はアニメの「エバンゲリオン」のことを書こうというのではありません。

ドキュメンタリー映画もそうですが、文化や芸術はすべて「エバンゲリオン」であってほしいと私は願うのです。

映画も音楽も絵画も文学も、すべて作りては最も純粋なものを以て、それを贈物にしてほしいと思うのです。

そのためには、作りて自身が常に自分自身を省み、その不純物を取り除かなければならない。

その不純物とは、大きな評価を得ようとか、人々に気づかせてやろうとか、どこかに自我の傲りがあることです。

生きることは実は自分の無意識にある、自我の汚れとの戦いです。

自分の自我の汚れにもがき、あがき、傷つきながら、

そこからの脱出こそがつまり無意識の裡に光を見ようとするのが人生であり、

芸術への創作へとなっていくと、私は思います。

しかし、どうしても無意識にある自我の汚れはなかなか取れない。

だからこそ、作りては、作品という表出物を作りながらの自己の省みが大切なのです。

そうして、自己の中がどんどん純粋になればなるほど、

その作品が透きとおっていくのだと思います。

もっと純粋に、もっと純真に生きること。

翻ってそれは日々私につきつけられているのだと思います。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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