ワイエスの絵は一見写実の具象に見えるがほんとうは、
具象というより心象風景で、よく見ると、具象からくる圧力がスーッと抜けている。
テンペラの光が具象に投影され、人間の激しい感情や感性を、画面が濾過している。
だから具象のモチーフが、詩のように語りかけてくる。
そんな不思議な世界をテンペラで紡ぎだしている。
それは不思議なんだけど、ベタ塗りではありえない。
その透徹した画面をながめながら私は、彼の苦い感情をみる。
その苦い感情は、
ワイエスの風景画と人物画とを照らし合わせてみると、よくわかるよ。
家の陰のバケツはより明瞭で、彼の苦味や苦渋を伝えてくる。
見た人はわかるでしょ。
その絵は沈黙の中で、決して喜んではいないこと、はしゃいではいないことを。
ワイエスの絵は私達の懐かしい記憶をほりおこしていく。
今回のワイエス展はキュレーターが勘違いをしている。
残念なことに、展示会では彼の真骨頂である人物画が殆どなかった。
ワイエスには人間を見守ろうとしている眼差しがある。
しかしその眼差しは、安易な人生ではない彼らの、にがい苦の内面を見ている。
ワイエスの人物画をみたら、きっと皆さんは、
そのことがわかるよ。
彼らの人生の苦の根のそばには、
曇っているが澄んでいるテンペラ(永遠)の空があったことを、
私は確信する。




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