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アンドリュー・ワイエス、テンペラの空

ワイエスの絵は一見写実の具象に見えるがほんとうは、

具象というより心象風景で、よく見ると、具象からくる圧力がスーッと抜けている。

テンペラの光が具象に投影され、人間の激しい感情や感性を、画面が濾過している。

だから具象のモチーフが、詩のように語りかけてくる。

そんな不思議な世界をテンペラで紡ぎだしている。

それは不思議なんだけど、ベタ塗りではありえない。

その透徹した画面をながめながら私は、彼の苦い感情をみる。

その苦い感情は、

ワイエスの風景画と人物画とを照らし合わせてみると、よくわかるよ。

家の陰のバケツはより明瞭で、彼の苦味や苦渋を伝えてくる。

見た人はわかるでしょ。

その絵は沈黙の中で、決して喜んではいないこと、はしゃいではいないことを。

ワイエスの絵は私達の懐かしい記憶をほりおこしていく。

今回のワイエス展はキュレーターが勘違いをしている。

残念なことに、展示会では彼の真骨頂である人物画が殆どなかった。

ワイエスには人間を見守ろうとしている眼差しがある。

しかしその眼差しは、安易な人生ではない彼らの、にがい苦の内面を見ている。

ワイエスの人物画をみたら、きっと皆さんは、

そのことがわかるよ。

彼らの人生の苦の根のそばには、

曇っているが澄んでいるテンペラ(永遠)の空があったことを、

私は確信する。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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