とても重要な指摘のコメントをいただいたので、一緒に考えていきましょう。
宮古の小幡さんから以下のような、コメントを頂きました。小幡さま ありがとうございます。
『田下啓子 さん。緊張感が無くなりました。文明の発展は文化の衰退なのでしょうか?文化が衰退すると、文明は制御を失い崩壊して行くのでしょうね。いまがその時なのでしょうか?』
結論からいいます。
文化が衰退すると、文明は制御を失うというのは、その通りです。
文化と文明は本来なら並行して進んでゆくものですが、現代では、そのバランスが崩れつつあります。なぜなら人間が、考えなくなったからです。
なぜ考えなくなったかを、深掘りしましょう。
まず始めに、人間は脳と身体が双方向に反応しながら、私たちの生命を紡いでいることは、ご承知の通りです。
ところが今の文明は、過剰に脳化世界(デジタル世界)と科学的テクノロジーに偏ってしまった文明で、
身体世界(関係性の中で考えるアナログ世界)が、置き去りにされつつあるのです。
この文明を進めれば進めるほど、人間の脳は劣化し、身体は退化していきます。
わかりやすく説明します。
人間は脳と身体でできています。脳は、電子信号が刻々と情報をもたらします。一方身体はさまざまな臓器と筋肉が、ゆっくりと変化していきます。
例えば、脈拍や心臓の鼓動や血圧が急に変化するのを好まず、出来るだけ現状を維持しながらゆっくり変化していくのです。
この脳と身体のバランスが取れていたのが、昭和までです。平成に入りIT時代がはじまると、脳(デジタル)世界優先の時代が始まりました。
いわゆる脳情報データー優先の時代です。
この脳情報データの先にA Iが出現してきました。
そしてそれは科学テクノロジーを伴いながら、資本主義経済において
・より高速に・より大量に・より利益を出す経済が優先され、
社会経済を大型経営とグローバル市場への進出から投資優先の、金融経済時代へと突っ込んでいきました。
つまり今の経済は一部の人間の野望や強欲を満たす為の経済になり、逆に、人間の文化=感覚や感性や感情、愛情や愛着や倫理観や思いや思想や哲学や芸術、 そして、美しいことよりも、
高速に、大量に、利益を出すことが優先される時代になって行ったのです。美しい田園も、その美しさにはおかまいなく、
真っ黒なソーラーパネルで覆われてきています。
お金優先、儲け優先、金融優先社会は、見事なまでに、世界は強欲なリーダーたちの独壇場となりました。
反対に身体が作り出す世界=手間ひまがかかり、大量には作れない、利益が薄いは、どんどん置いていかれる経済になりました。
こうした時代傾向は、一見人間の繁栄のために良いものにも見えますが、人間にとっての落とし穴が有りました。
ひとつはこの経済が『人間を幸福にする経済』ではない、という事です。
その事に気付かず、小幡さんが指摘しておらるように
「何でも機械がやってくれたり、情報が素早く伝わるようになったり、国民全体が便利な世の中に慣れてしまい」
私たちは、利便さの代償に気付かず、半ば盲目的に、 IT時代へと、突っ込んでいきました。
もうひとつの落とし穴は、人間の脳の劣化です。
脳は、使っている神経回路は益々発達しますが、使わない神経回路は、後退して行きます。
つまり、機械やコンピュータに依存し、自分で考えない脳は、どんどん知能や思考力が落ちていきます。
そしてコンピュータやネットで得た情報、すなわち、
自分の身体を使わず、
頭の中の整合性や論理的帰結だけで処理して得た情報=数字や数値や言葉だけで構成された情報には、
生々しい情緒、感覚がなく、実存的確信もなく、人間らしい実感がなく、絵に描いた餅のようなものです。
だから、そういうものに依存している人間は、いわゆる頭でっかちの観念的にしか反応できず、
人間としての、生々しい感覚や感性が鈍くなり、感情が短絡的になり、
最終的に、人間がモノ化(無機化)してゆきます。
◯
人間本来は、脳と身体を使って生きています。身体が刺激されて反応し、脳に情報を入れていきます。
脳と身体は、双方向に働きあいながら、私たちを生かしていきます。
その時、
身体から仕入れる情報こそが重要なのです。
身体から仕入れる情報は、常にその人間の情緒や身体の状態を感知しながら、脳と身体の関係の全体を、俯瞰的に見渡しながら掴んでいく情報です。
それは「生体」として生きる為に、獲得される、生々しく、広範囲な、感情や思いを伴う実存的な、
アナログ情報です。
つまり身体の情報は分割された脳デジタル情報とは、違うのです。
身体の情報は、時間をかけて、ものごとを把握し、認識してゆくのです。
それは、数字や数値に抽象化されない、
感覚、感情、情緒、直感世界、そして、繊細で微妙な、愛着や愛情が働いている世界なのです。つまり、
現代は、どんどん脳デジタル情報とテクノロジー技術が優先され、その結果、人間らしい感覚や情緒や思いが、消失し、人間が人間たる、考える、という能力がどんどん低下しているのです。
だから、何をどうしていいか分からず、ウロウロする人々が、強い主張をする現象(同調圧力)に飲まれていきます。
さて、どうしたらいいのでしょうか。
私は、今こそ、立ち止まって考えなければならないと、思います。
ホントは身体を使う文化、考える文化、そして機械的、人工的ではない文化を、私達は取り戻す必要があります。
うまく書けたか、ちゃんとお伝えできたかわかりませんが、
皆さんで、考えていただけると、
嬉しいです。

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