前回書いたように、人間は脳の神経と身体の神経とがシンクロナイズしながら、私達を活かしていることが、お分かりになったでしょうか。
脳は刻々と変化するデジタル世界であり、身体は脳と身体の臓器との『関係性』を見渡しながら、◯ゆっくり全体が進行してゆく、アナログ世界である事も、お分かりになったかと思います。
さて、どんどんこの脳化社会(脳現象優先社会)がすすめば、人間は、
・自分で考えるという事も、
・自分の身体を駆使して「作る」という事からも、
・離れて行き、
その結果、人間の脳の劣化と身体の退化になってゆくだろう,という事も、お分かりになったかと、思います。
では、私たちはこれからどうしたらいいのか、ということですよね。
実はね、答えは簡単なのです。
いちばん大切なこととして、これからの未来の何が、
人間にとっての「幸せ」であるかを、考えればいいのです。
問題は、そう言う風に設問を立てることです。
その事に気づけるか、または、考えられるか?
です。
つまり、人間にとって、このままデジタル、超テクノロジー社会へと進んだ方が幸せなのか?つまり、
より高速に、より大量に、より利益優先の社会をを進んだ方が、幸せになれるのか?それとも、
そうではなく、生産性は落ちていくが、
これ以上のテクノロジー社会を望まず、反対に、踏み止まるか、引き返して、
人間らしい感覚、感情、思い、愛着、愛情の人間らしいアナログ世界を取り戻すか?(守るか)
です。
どちらにするかの選択権は、私達ひとりひとりにあります。
そして、これから社会は二つに分かれていくでしょう。
ひとつは、超成長経済と生産性に取り憑かれた人々、 おそらく世界も日本にもそれを望む人々はいるでしょう。もしかしたら、そっちのほうが多数派かもしれません。そういう人々は、
いよいよA Iを推進し、超ーテクノロジー社会へと向かっていくでしょう。
そして、考えることができない人々や判断することができない人々はそこに飲み込まれてゆくでしょう。
しかし、脳化社会は数値とデータが優先され、この間お話ししている通り、人間の中身=実存的人間の反応世界が空洞化していく世界ですから、
当然、これは行き詰まります。
一部の人間が「モノ化した人間」を引き連れてゆく社会になってしまいます。
そしてもうひとつの流れは、
超テクノロジー社会の反動として、人間らしい自分を失いたくない人々の群れも現れてくると、思います。
それらの人々は、自分の感性や思いに従って、超テクノロジー社会のように、前へ前へと盲目的に進まず、
時には勇気を持って引き返したり、踏み止まって、
自然とともに生き、少ない資源を分け合い、人間の労働が大切にされ、
欲望を節制してゆく社会をめざすかもしれません。
こちらは考える人々として、極めて少数派になるかもしれません。
以上のようなことを鑑みながら、
人間も社会も、大きな分岐点に、きていると、いうことです。
私たちは考えなければならないと、
いうことです。
◯
私の考え。
大事なことは、人間は考える葦であることです。
なにもデジタル世界を否定することはありません。
人間が幸せになるには、デジタル世界も含めて、
どうしたらいいかを、
考えればいいのです。
つまり、デジタルとアナログを統合できる
賢い人間になれば良いのです。
・人間にとって何が喜びか。
・何が生き甲斐になるか、
そして、最も自分が幸せになることを、
考えたらいいと、思います。
もう一度、いいます。
人間は、
考える葦なのですから。

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