MENU

野の花のように生きてこれて、よかった。

子どもの頃からめんどうな事が嫌いで、競争したり、勝つことが嫌いでした。


親の偏った教育で、漫画を読むことを禁止され、少年少女文学ばかりを読まされ、本と音楽と絵画の中で育ちました。
だからかなり偏っています。 

そんなことが原因してか、若い頃から、欲望とか執着するという煩悩がない世界へと行きたいと、いつも思っていました。

競争せず、虚飾にとらわれず、自分の芯に湧いてくる、
静かなる理念(言葉)の中で生きたいと思っていましたが、

にもかかわらず、

煩悩は次々と湧いてきて、心がざわざわし、
それを一つひとつ鎮めていった人生だと思います。

それでも40代を抜け、50代には、
出来るだけの自分の執着を捨てていきました。

他者に執着せず、物に執着せず、自分に執着せず、
手放せるものは、どんどん手放してゆく。

そして私の大好な師匠たち、良寛や山頭火、そして、イエスの後を追いかけて、生きてきました。
今ここには、小さく簡素な私がいます。

着飾ることもなく、自分を誇示せず、世の中の片隅で、

野の花のように、生きれてこれて、

よかったです。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

コメント

コメントする