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野の花のように生きるとは

野の花のように生きるとは、感傷的とか、ロマンとか、自己認証とかではありません。ひたすら世俗的価値を捨てるってことです。

ただ生きてるだけです…笑。

根っこがあり、茎(芯)があり、葉があり、花が咲き、
やがて花が朽ちて、散る、ということだけです。

            ◯

いよいよ人生の最後になって、今の世の中が、これからどうなっていくのかを、心配しました。

それでこの一年は、世界の情勢と、日本の現状分析と、これからくるであろAIの時代について、必死で探索しましたら、やっと、
あらかたが見えてきました。

何度も書いていますが、これから、世紀の大転換が起こります。

そしてもう戦争は起きません。

G7の国々の中で、なんとか日本だけは、生き残れそうです。

それは日本だけが、西洋とは異なる精神文化を築いてきた事、
日本人の中には、独特の節操の文化と秩序があること。

日本人の勤勉と誠実さが、経済と産業においても、
それらの困難に耐えうる、層の厚さを、作ってきた事。

ダメなのは政治と官僚達で、これは、救い難いほど腐ってしまいました。

ただ、この人間たちを駆逐するにも、国民の覚醒が必要ですが、 
それも徐々に事実(真実)が明らかになっていく事で、時間がかかりますが、国民も気づいていくでしょう。

というわけで、やっと私の中に見通しがついたのです。
見通しがついて私は少し安心しました。

それで、世界情勢と国内の内政から一旦離れ、

これからは、私本来の道、私が哲学する道へ戻ることにしました。
良寛や山頭火のように、素朴で簡素な道へ自分を戻します。

そう思った時、聖書の中の「野の花の一節」が浮かんできました。

紡ぎもせず、働きもせず、ただ素朴に咲いているだけ野の花は、あの栄華をきわめたソロモンでさえ、この花のように美しくない、というたとえ話です。

私の哲学

振り返らず、前を向いて、スタスタ歩いて行く。騰々任運=運を天に任せて、のほほん、のほほんと、生きる、

に戻ります。

ここに戻って来れて、

ホッとしています。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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