久しぶりに山頭火日記(山頭火文庫)を開いた。その冒頭に吉増剛造さんのすごい一文があった。
「所詮、人生は純化によって正しくされる」
本当にその通りで、つい先日私は私のアシスタントに、「本質は一つしかない」と説明したばかりだ。
世の中というのは、余計なものだらけで、凡庸な人間は「多様性」がいいと思っているが、本当に正しいものも、ことも、一つしかない。
本質を見極めていない人間は、多様性にはしる。
先日私のアシスタントに本質とは何かを話した時、今どきの若い人にわかりやすい例えとして、思いついたのが、このたとえです。
本質は一つしかない。
例えばパン屋の本質は、いかに美味しく、毎日たべても飽きないパンを作り、売るかで、
本質がわかっていないパン屋は、さまざまなにバリエーションした菓子パンや調理パンを作る。
それは手間がかかりコストもかかる。それよりも一心に、美味しいパン生地を極めた方がいい。
〇
一心に極めていくことは難しい。
なぜなら、人間は欲に走り、走れば走るほど、あれも、これも、と多様性にはしる。
本質は一つしかない。そして、ものごとは、純化すればする方が、
正しい。
それは、全てにおいて、そうなのである。
モノ作りも、芸術も(絵画も音楽も)、
商売も、そして政治さえも、
そうである。
〇
ポツンと純化された山頭火の句に
癒される。

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