◆究極のフェミニズムは聡明であること。「花の江戸女御」東福門院和子

私ことタオリケイコを知っている人や、会ったことがある人は、

若い時の私が、ギンギンのフェミニストであり、

いわばウーマンリブであったことは、

容易に想像できるでしょ…大笑!

ただ、日本のフェミニストについて言うと、

あの平塚らいてうさんの「原始女性は太陽であった」の言葉に惹かれ、

「青鞜」も復刻版を買って全ぶ読んだけど、何だか違うなあ~と思い、

さらに上野千鶴子氏らが主催する集会にも行ったが

えらく我の強い女の集団に、失望した。

私にとってのフェミニズムとは、

勿論、

男社会での理不尽な制度やシステムを変えることも、

戦うことも必要だと思いますが。

しかしその一方で年を経れば経るほどに、

最終的には、個々の女が自立し、男など乗り越えてしまうほど

強くなることに尽きるなあ~と思う。

男なんぞに甘ったれるな、と思いますよ…苦笑!

実は

日本の歴史においても、見事と言える自立した女たちがおり、

そこに一貫して見えるのは、

女としての聡明さです。

つまり、聡明さこそが究極のフェミニズムであると

私は思う。

では聡明さとはなにか。

感情に溺れず、反対に、

凛として理性の女である自分を建て、

周囲の人間や環境の状況を、しっかり見通し、

今自分が為さなければならないことの

優先順位を熟知した上で、

常に

自分の役割を遂げることだと思います。

こういうことを、成し遂げるのは、大変難しい。

ところが

封建的な男社会においても、そういう<賢い女たち>がいました。

彼女たちは、周囲の人々を守り、

自分をも守り、最終的には、幸福を掴んでいる。

寧々然り、山之内千代(見性院)前田まつ(芳春院)然り、

篤姫然り、その他にも賢い女たちは、たくさんいる。

樋口一葉だって、男社会と戦いました。

おそらく、調べれば古墳時代から、現代まで、

多くの賢い女性たちがいたと、思います。

今回フェイスブックでHiguchi Hitomiさんが紹介されていた

「江戸の花女御」ー東福門院和子ー 近藤富枝 毎日新聞社

を読み終えました。

あゝ、ここにも聡明なる女性がいましたね~。

戦国の世を制した徳川家が次の野望として、

天皇と縁戚を作り皇室をも支配するために、

徳川秀忠の娘、和子を後水尾天皇の皇后として、

半ば強引に嫁がせました。

16歳の少女和子はまさに、

自分に好意的ではない敵中の真っただ中に嫁いでいくのですが

とても聡明でした。

後水尾天皇には寵愛した女官お与津(およつ)がいますが、

お与津は和子を入代させるために、徳川の手によって追放されます。

そういう修羅の真っただ中へと、入っていき、

感情の激しい後水尾天皇の機を見はからいながら、

自我を張らずに上手に信頼を得ていきます。

最終的には、お与津らとも心を通してゆきます。

そして法王となった後水尾天皇の院政を支持して後ろから支え、

上手に徳川と天皇家を調整していきました。

賢いですね。

この賢さこそ、日本の女たちの原点かもしれません。

こういうふところの大きな女たちの心を

常の言葉であらわすと、

関東の言葉ではちょっと角がたつので、関西の言葉を借りれば、

「おとこはんを、上手につかいこなしなはれ!」とでも

いうのでしょうか…笑!

まさに、日本の女のフェミニズム、ここに在り!です。

そして女たちへ!

威張りくさる軟弱男なんか、さっさと乗り越えて、

女の底力を発揮し、たくましく生きてほしいと思います。

雨に打たれても、凛と咲く!!
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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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