我が尊敬のアンデルセンその3 いざコペンハーゲンへ!

お父さんの外套を仕立て直した晴着を着て、新しいブーツに

顔が半分隠れる大きな帽子を被って、

いよいよコペンハーゲン乗り込むアンデルセンです。

当時の時代感覚ではコペンハーゲンに100年は遅れていると言われた

オーゼンセから、郵便馬車と船を乗り継いで、

14歳のアンデルセンの自立の旅です。

しかし、ここから何も知らない田舎の少年アンデルセンの苦労の日々が始まるのですが。

アンデルセンがコペンハーゲンに来る一年前に、

オーデンセにコペンハーゲンの王立劇場の劇団が巡業にやってきます。

その時ビラ配りをしていたアンデルセンは劇団の好意で、

出演させてもらいます。

ただ、アンデルセンは

「私はいつも真っ先にやってきて、赤い絹の衣装をつけ。、

たった一行の台詞を言っては、観客が、私だけに

注目していると信じ込んだ」と書いています。

その時の感激が忘れらないのでしょうか、

アンデルセンは王立劇場の俳優になることを夢見、そしてコペンハーゲンに

やって来るのですが、

現実は厳しく、そうは簡単にはいかない。

彼はさっそく推薦状を持って、王立バレー団のプリマバレリーナ、

アンナ・マグダレーナ・シャール婦人のところへ行きます。

ただね、やはりほんとに可笑しいのですが、

推薦状を書いた印刷屋のイヴァーセン氏は、

シャール婦人とは一面識もなく、ただただ、アンデルセンに請われて、

推薦状を書いただけのことだったらしいのです・・・トホホ!

しかしそれを持って意気揚々とアンデルセンはシャール婦人の家のドアを叩きます。

ところが呼び鈴を鳴らす直前に、扉の前の石段にひざまずき、成功をいのるアンデルセンは、

メイドから物乞いと間違われて、小銭を投げつけられてしまうのです。

しかしなんとかメイドに話をつけて、シャール婦人と面会するのですが、

アンデルセンは、即興で歌い、靴を隅に脱いで、靴下のまま踊ります。

しかしシャール婦人は、いきなりのアンデルセンに面喰い、

なぜ彼がそうするのかが分からないまま、

この少年は、頭がおかしいのだと思い込み、

召使に命じて、家からつまみ出します。

あゝ哀れなアンデルセン、しかしそれにも懲りず

今度は有名な批評家のところにも行き、同様のように自分を売り込むのですが、

追い返されます。

同じく劇場支配人のところへ売り込みに行きますが、同じように追い返される始末でした。

ただ、私はこのアンデルセン、田舎者の14歳の少年、世間のことを何も知らない

少年の、体当たりの売り込みが、なんて素敵かと思います。

そして何度もシャール婦人や支配人のところへ行きますが、

とうとう持ち金を使い果たしてしまいました。

そこで新聞を買い、タンス職人の徒弟募集広告をみつけて応募します。

が、アンデルセンは、なよなよとした自分を粗野な職人や徒弟に

からかわれ、行ったその日に逃げ出して、見知らぬ街をさまよいます。

その時ふと自分が「フュン島の小さな夜啼き鳥」と称されたことを

思いだし、今度は俳優ではなく、

王立合唱団学校の校長先生、イタリア人のショゼッペ・シボーニ先生のところへ行き、

扉を叩きます。

扉を開けた家政婦は、アンデルセンが自分の生い立ちや思いを語るのに

同情して、シボーニ先生に取り次いでくれました。

シボーニ先生のところでは、コペンハーゲンきっての芸術家や、有名人が

パーティを開いている真っ最中で、そこでアンデルセンは

例のお父さんの外套を仕立て直した例のだぼだぼの晴着と、

ぶかぶかの帽子を被ったまま、

唄をうたい、劇の場面を演じ、それからわ~っと泣き崩れました。

もう皆さんお分かりですね。

この時拍手が起こり、

そしてシボーニ先生は、この少年を特訓し、

王立劇場の歌手をして育てることを、その場で

約束してくれたのです。

作曲家のヴァイセン氏は、この少年のための資金の

募金を呼びかけ、それを基にアンデルセンの

新しいコペンハーゲンでの生活が始まりました。

が、そうはスムーズにうまくはいきませんでした。

つづく。

映画「どこかに美しい村はないか」~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~

岩手、大槌町2月23日 おしゃち、盛岡2月28日プラザおでってで上映されます。

http://cinemarine.blog45.fc2.com/blog-entry-1013.html

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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