雨上がり決死隊が解散したね・・・!

雨上がり決死隊が解散した。

ず~っと「アメトーク」を見てきた私としては、とても残念である。

しかし反面、そうだろうな~と、ホトちゃんこと蛍原氏の気持ちはよくわかる。

いうなれば、宮迫氏は、どこかでボタンを掛け違えた。

それは誰とつながるか、というボタンで、

このボタンを掛け違えると人生はどんどん狂っていく。

宮迫氏は頭が良いし才気煥発であり、硬派の男気もあった。

しかしその隙間からチョロッとみえるナルシズムや、

頭が良いばかりに能力が高く、計算ができることが、

今回のことの引き金になったかな~と思う。

ただ、ほんとうに頭が良い、というのは、

ナルシズムに陥らない自分を持とうとすることである。

なぜなら、ナルシズムこそが自分を盲目にしてしまうからです。

ナルシズムというのは、どこかで自分を上に置き、

そのナルシズムに従って人を序列して見る。

ちなみに本当に頭が良い人間は序列を造らない。

才気があり、頭のよく回る宮迫氏は、ぼんやりとして、お人よしのホトちゃんは、

もしかしたら、自分より格下に見えていたかもしれないね。

だからこそ、どこかで蛍原氏をおろそかにし、甘く見て、甘えていたかもしれない。

ホトちゃんのぼんやりや、お人よしこそが、かけがえのない宝物であることに、

宮迫氏は気づけなかったのだろう。

もしかしたら気づいていたかもしれないが、それより

自分のナルシズムほうが勝ってしまったのかもしれない。

人間は、才能があるとか、目先が利くとか、頭の回転が速いとかいうことなどが大切なのではない。

たいせつなのは正直さであり、優しさであり、人を攻撃したり、否定しない

おおらかである。

蛍原氏の中はそれがあり、故に、宮迫氏がいなくなったアメトークでは、

時に後輩芸人からホトちゃんがナメられている場面も度々目にした。

それで番組が荒れそうになり、蛍原氏の手に負えない場面も多々あった。

宮迫氏がいた頃は、彼がそいつらを一喝し、睨みを利かしていた。

だからこそ、アメトークは面白く、痛快でありました。

もし、宮迫氏が、ホトちゃんのそういう優しさやお人よしが、

自分の受け皿としての要的な役割をしていたことに熟知し、

それによって、自分がイキイキと輝いたことを骨身にしみて分かっていたら、

きっとホトちゃんを大事にし、

人生の友としても、相方としても大切にしただろう。

何でも一番に相談したと思います。だって、自分にはないものを持っているからね。

人はともすると、こういうボタンの掛け違いをするものであり、

本当に大切な人をおろそかにし、反対に、

目先の欲を満たしてくれる人間や、自分の感情を埋めてくれる人や

それほど誠実ではないが頭が利く人間と繋がろうとしてしまう。

そして大切な人は、ともすると自分が格下にみているような人間の中にいたりする。

だからこそ、よくよく自戒し、頭を垂れていないとダメなんだと

私も自分に言い聞かせる。

まあ、ナルシズムも自己顕示も、できたら自分も、捨ててしまうと、

物事も他者のことも、よ~く見極めがついてくる。

そしたら、いちばん大切な人は誰かが、もう自然に見えてくる。

きっと宮迫氏もそれを分かっていると思うよ。

ただ、その時は自分が失ったもの大きさが分かるかもしれない。

しかしそこからまた、

大切なもの、大切なこと、大切な人と繋がってほしいと祈ります。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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