昨日は、インテージの元社員の、
片桐さん、中村さんそして、本多佐和子さんが来てくださいました。
また、インテージの創世記の話や懐かしい後藤先生の話、
ポスがいよいよデビューする経緯など、
そばで聞いている私もワクワクしました。
思えば日本経済が急上昇した、
企業の猛烈時代、
あのチョーブラックの会社で奴隷のように働く中で戦いを起こし、
労組の委員長として、
絶対自分の首を切られない為に、自分の業績もトップを取らねばならないと、
憲雄氏の全力疾走がはじまりました。
そして課長になった時だったと思いますが、
ドイツに出張に行き、そこでドイツ人から、日本には、こんな素晴らしい論文がある、と
ある本を紹介されました。
その本には、
人間が、1日の殆どを過ごす会社というフィールドこそ、
その人間がイキイキする場であらねばならない、という旨の内容が書いてあった、というのです。
そして、それを書いたのは、彼の母校一橋大の教授で、しかも、
それは、英語とドイツ語の本で、日本では出版されていない本だったらしいのです。
憲雄氏は、その本の話を私にしながら、おそらく理想の会社を、自分の手で、と
夢みたのではないか、と思います。
そこから、彼の会社ビジョンが始まったのではないか、と思います。
根源的な企業理念は、人間の幸福です。
青臭いようですが、
幸福です。
そして、本当に嬉しいことに、
昨日来てくださった若者達の中に、彼の志しの種があり、
ささやかながら、その遺伝子もバトンされているようなのです。
残念ながら、多くの人々、いや、殆どの人間は、
社会、世俗の洗礼を受けるたびに手垢が付き、
屈折し、ねじ曲がり、諦めて、純粋ではなくなります。
世俗の手垢がこびりついてしまったその精神や心理は、
純粋である事や、真摯である事がまるで、
青臭いように感じたり、未熟に思ったりします。
しかし、
そうでは有りませんよ。
脳は、そんなに甘くはないのです。
世俗の手垢がついて、屈折して、
ボタンを掛け違えたとたん、
脳は、そちらへとハンドルを切っていきます。
そして、人生は屈折し、ねじれ
崩れていきます。
そう言う俗物達と妥協したとたんに
脳は、その人の人生を、
さんざんなものへと、導いていきます。
さらに
現実は、経済優先、
やはり金だと勘違いしたとたんから、
金儲けを目的化した終わりのない競走の中へと巻まれていきます。
それが目的化されて人生が汚染されていきます。
最終的に行き着くのは、
疲労困憊した社会、そして
心の空洞化と虚無の世界です。
今まさに、先進各国や日本が間違いなく、そういう結末に向かっている事は、
わかる人は分かるでしょう。
憲雄氏は、あくまでもお金は必要条件であり、
絶対条件ではない、と言っています。
企業はお金を儲ける事により、
その社員の生活を守り充実させる責任がある。
そしてそれは
その人にとって生き甲斐になった働く事が、結果として、
社会への大きな貢献となる。
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「一粒の麦死なずば、ただ一つにてあらん。 もし死なば、多くの実を結ぶべし」
これは聖書のヨハネ伝 12章24節の言葉です。
一粒の麦が、その身を差し出しそこで朽ちても、
やがてそこから芽がでてきて、遂には、
沢山の身を結ぶであろう、という、イエスの言葉です。
憲雄氏の願いは叶ったのだろうか。
しかし、昨日来てくれた若者達は、
なんと清々しいことであったか。
私には、そこには間違いなく、
真艫の風が吹いていたと思う。
私、目頭が熱くなりました。
感謝の限りです。

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