素敵なドラマに出会いました。
韓国のドラマです。
タイトルは「コーヒーを飲みましょうか」です。
舞台は街の片隅にある小さなコーヒーのカフェです。
コーヒーにこだわっているオーナーと,見習いの若い定員がいます。
ある時二人は、ランチをしたベトナム料理屋のそばにある、
コーヒーの自動販売機を叩いている男(青年)に出会います。
この男はなぜかこの自販機のコーヒーを飲みたいようなのですが、どうも故障しているらしい。
若い定員はたまたま,この自販機のオーナーを知っており、連絡して自販機を直してもらいました。
そしてなぜその青年(男)が、
そこまでしてこの自販機のコーヒーにこだわるのかを、聞きだします。
実はこの青年はベトナム人の母親と韓国人の父親との混血で、
韓国に来て建築現場で働きながら父親を探したのですがみつからず、
明日はもうベトナムに帰らなければならないのです。
しかし帰る前にどうしても、この自販機のコーヒーが飲みたくなり、
だから故障した自販機をなんとか直そうと、叩いていたのです。
彼は誰一人として知り合いのない韓国の建築現場で働き、
その仕事終わりには、決まってその自販機のコーヒーを飲んでいたらしいのです。
カフェの店員は、そんなにコーヒーが好きなら、プロフェッショナルな自分達のカフェに来てコーヒーをのめば、と思うのですが、
それが、違うのですよ。
そのベトナムの青年は、仕事で疲れ果てた自分が、
誰にも気を使わず、
誰からも気づかれず、また、
殆ど誰も居ないその場所でひとり、
その自販機から飲むコーヒーが、
美味しいのです。
ホッとして、自分を取り戻せるのです。
あゝそうかと私、わかりました。
自販機のコーヒーは、そういう役目をしているんだ。
つまり自販機のコーヒーは、
おしゃれなカフェでコーヒーを飲む客とは違う客に、
そっと寄り添っているですね。
そしてこの自販機のオーナーで自販機のコーヒー豆の分量を操作しているおばあちゃんは、
出来るだけ美味しいものを呑んでもらおうと自販機を操作している。
だからこの自販機のコーヒーは、他のとは違っていたらしいのです。
カフェの厳選されてドリップされたコーヒーとは違うコーヒーの美味しさが、そこにはあったんだ。
もしかしたら缶コーヒーも、同じような役割をしているかも知れないなぁ。
自販機のコーヒーや缶コーヒーの周りにある、
手のひらで包み込むような小さなホッとする世界。
いいなぁー。
ドラマの最後では、そういう人がなんとはなく集まって、
自販機のそばで横並びになってコーヒーを飲んでいました。
なんでもないその風景。
こういう世界を描ける脚本家も、アクターも、映像スタッフも、
素敵です。
大上段に多様性とかいうのではなく、
小さな心が肩寄せあって作り出す
それぞれの人生が、当たり前のように、
大事にされている。
いいドラマでした。

写真はコーヒーではなく,私が毎日飲むココアです。
飲み過ぎで,カップが少し欠けています…笑![]()
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