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人間は牧歌的世界を失ったら終わりその7、私たちは“舟”ではなく自分の脳に乗って生きている

私が今書いている事は、科学者からすれば気絶しそうなくらいの飛躍をしながら、

量子の世界を説明しようとしているが、

そんな事は知ったこっちゃない!笑

私が何を皆さんに伝えようとしているのかは、最終的にはAI社会が、

人間に幸福をもたらすものであるか否か、について述べたいのです。

では、今日は道元正法眼蔵の「全機」にある、船の例えについて、お話ししていきます。

まずちょっと長くなりますが、船の例えについての文を載せます。

『生きるということは、人が舟に乗るようなものである。

われが帆を使い、舵をとり、われが棹をさしているとはいえ、

舟がわれを乗せ、

舟のほかにわれはない。

われが舟に乗ることによって、その舟を舟としている。

このような体験が現れるときのことを、身を持って学ぶべきである。

そのときには舟の時でないものはどこにもない。

天も水も岸も、みな舟の時になり切っていて、もはや、

舟でない時と同じではない。

このように、命はわれが生じさせるのである。

われを命になりきっているわれとするのである。

われが舟に乗るならば、われの心身および、

その周りすべてのものが、舟の世界となり、

大地のすべて、大空のすべてが舟の世界となるのである。

われが生と一体であり、

生がわれと一体であるとは、

このようなことである。』

     ◯

まず私達が目でみるという事は、

目を通して風景や光景をそのまま見ているわけではありません。

目のレンズを通して見えてくるものは、一旦脳の中で、私達にわかりやすいように、

⭕️再構築されて、頭の中にうかんでいます。

同様に、見ているものに付随する、

耳から聞こえてくるもの、肌で感じもの,身体が反応するものなど

五感を通して入ってくるさまざまな感覚情報も、同時進行に、

脳の中で視覚と共に合成構築されていきます。

つまり舟に乗るということは、

舟に乗るという行為に付随する、

水の感覚や、船底から伝わる波の振動、頬を伝う風の感覚や、聞こえてくる自然の音、その他諸々の、

感覚から入力される一切が、

脳の中で、再構築され、意識で説明されながら、

脳の中で認識されていくのです。

つまり、一切が脳のフレームの中で起きている、いわば虚構の世界なのです。

確かに人間の身体は舟に乗っているのですが、 

舟に乗っている,という感覚、認識は,頭の中で作られている、と

いうことです。

私達は、

自分の脳が作る出す虚構の世界を、

現実と思いこんで生きています。 

この辺はなかなか理解が難しいですが、

理解できていくと、

人間の世の中は、

すべてが脳の中で起き,管理されている事が、

わかります。

だから舟に乗る、或いは乗っている

ということは、道元が書いているように、

空も大地も水も舟も、

⭕️自分の脳を通しての現象として、あるのです。

じゃー本当の現実は,どこにあるのか,というと、

それは私達の無意識の中にあるのです。

そしてその無意識にある真実と繋がっているのが、

情緒と直観なのです。

しかし、この直観も、意識の垢でよごされています。

今日もたくさん書きましたから

その事は,次回,書きます。

大事な事ですからね。

        つづく。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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