私が今書いている事は、科学者からすれば気絶しそうなくらいの飛躍をしながら、
量子の世界を説明しようとしているが、
そんな事は知ったこっちゃない!笑
私が何を皆さんに伝えようとしているのかは、最終的にはAI社会が、
人間に幸福をもたらすものであるか否か、について述べたいのです。
では、今日は道元正法眼蔵の「全機」にある、船の例えについて、お話ししていきます。
まずちょっと長くなりますが、船の例えについての文を載せます。
『生きるということは、人が舟に乗るようなものである。
われが帆を使い、舵をとり、われが棹をさしているとはいえ、
舟がわれを乗せ、
舟のほかにわれはない。
われが舟に乗ることによって、その舟を舟としている。
このような体験が現れるときのことを、身を持って学ぶべきである。
そのときには舟の時でないものはどこにもない。
天も水も岸も、みな舟の時になり切っていて、もはや、
舟でない時と同じではない。
このように、命はわれが生じさせるのである。
われを命になりきっているわれとするのである。
われが舟に乗るならば、われの心身および、
その周りすべてのものが、舟の世界となり、
大地のすべて、大空のすべてが舟の世界となるのである。
われが生と一体であり、
生がわれと一体であるとは、
このようなことである。』
◯
まず私達が目でみるという事は、
目を通して風景や光景をそのまま見ているわけではありません。
目のレンズを通して見えてくるものは、一旦脳の中で、私達にわかりやすいように、
再構築されて、頭の中にうかんでいます。
同様に、見ているものに付随する、
耳から聞こえてくるもの、肌で感じもの,身体が反応するものなど
五感を通して入ってくるさまざまな感覚情報も、同時進行に、
脳の中で視覚と共に合成構築されていきます。
つまり舟に乗るということは、
舟に乗るという行為に付随する、
水の感覚や、船底から伝わる波の振動、頬を伝う風の感覚や、聞こえてくる自然の音、その他諸々の、
感覚から入力される一切が、
脳の中で、再構築され、意識で説明されながら、
脳の中で認識されていくのです。
つまり、一切が脳のフレームの中で起きている、いわば虚構の世界なのです。
確かに人間の身体は舟に乗っているのですが、
舟に乗っている,という感覚、認識は,頭の中で作られている、と
いうことです。
私達は、
自分の脳が作る出す虚構の世界を、
現実と思いこんで生きています。
この辺はなかなか理解が難しいですが、
理解できていくと、
人間の世の中は、
すべてが脳の中で起き,管理されている事が、
わかります。
だから舟に乗る、或いは乗っている
ということは、道元が書いているように、
空も大地も水も舟も、
自分の脳を通しての現象として、あるのです。
じゃー本当の現実は,どこにあるのか,というと、
それは私達の無意識の中にあるのです。
そしてその無意識にある真実と繋がっているのが、
情緒と直観なのです。
しかし、この直観も、意識の垢でよごされています。
今日もたくさん書きましたから
その事は,次回,書きます。
大事な事ですからね。
つづく。

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