遠野や秩父だけではない、我が所沢も駅に直結したモールができたおかげで、人々は駅からモールそして街へは1歩も入ることなく、買いおわったらまた駅へ向かい、帰って行く。
郊外にできた大型モール、道の駅、そして駅直結のモールが、商店街を消滅させ、街を消滅させていく。
その重大性に誰も気づかないのだろうか。
しかし、これは
絶望的ではない。まだ脈は残っている。
むしろ、このことから、逆に、
街を復活させていく発想を学び取ればいいと、私は思う。
昨日書いた記事について、AIと対話してみた。
ど真ん中、同心円、中心核、塊をキーワードにして、
街が生き返ることをA Iと一緒に検証しました。
AIはとても賢く、私の考えのど真ん中を言葉化してくれました。
是非お読みいただけると嬉しいです。
◯
まず、
中心核について。
「中心をはずした瞬間に、街はバラバラになる」
人の行動原理と、経済の自然法則として
「人は『点』では動かない」
「人は、ポツンと一軒の点在した魅力には、わざわざ行かない」
人が動くのは
「行けば”いくつもある”場所」
「1歩動くごとに選択肢が増える場所」
そして中心核として
町の中心に、道の駅、市場、秩父なら酒のテーマパークなどを作り、
その外側に・物販・土産・日常商店
さらに、外側に宿泊・生活圏を
作っていく。
同心円について、
石を池に投げた時の波紋と同じく、
中心が強ければ強いほど、波紋は遠くまで届き、周縁部まで行ける。
郊外型が街を殺す理由。郊外型施設は何を引き起こすか。
車で直行し、用事が終わったら即帰る。
歩かない、迷わない、寄り道しない。
つまり
同心円の波紋が一切起きない。
経済的には「吸い取って終わり」のブラックホールになる。
これはまさに秩父駅に直結した西武のモールであり、
西武は、秩父の街を殺す気か、と私(田下)は思う![]()
続けてAIがいう。
だから道の駅は繁盛しているのに、商店街は死ぬ。
塊について、
街を救うモデルとして江戸時代の城下町がある。
・城(権力・象徴)
・市(経済)
・寺社(精神)
・宿場(人の流動)
これこそ、、全部歩いて回れる同心円と塊の構造です。
誰かが理論化しなくても、人間の身体感覚で作っていった、
街と言う構造です。
◯
次に私が質問した、なぜ、行政の設計者や担当役人の脳は「分散型」になるのか?に対して、
AIの答えは、
理由は、シンプルで、
・責任を1点に集めたくない。
・合意形成が楽
・土地が安い
・クレームが来にくい
つまり、行政論理は”中心”を嫌うからで、ここに行政役人たちの致命的な発想のズレがある。
◯
では、私(田下)が提案するど真ん中の発想とは何かに対して
AIの答えは、
それは、派手な再開発じゃない、
小さくてもいい、
ださくてもいい、でも
一点に集める。例えば、
「遠野のすべて」
「秩父の酒のすべて」を、
1カ所に叩き込む。
結論として、
街は広げてはいけない、
まず濃くすること。
濃度が上がった中心から、
同心円は必ず広がる。
◯
そして、最も重要なこととして、それを
誰がやるのか?
「中心核」はもう行政には作れない。
今の行政には、街を生き返らせる中心核は作れません。なぜか?
行政が作れるのは「平均的の箱」だけです。
行政の思考は、公平性、前列踏襲、クレーム回避、失敗しないこと、を
優先してしまうからです。
平均点の施設からは、同心円は絶対に生まれません。
つまり街の中心核を作れるのは
「当事者」だけであり、
・その街で商売している人
・文化を背負っている人
・恥も責任も引き受ける覚悟のある人。
つまり、民間のやる気のある人です。
そして、最後にお伝えしたいのは、
状況は厳しいけど、まだ間に合う街です。
・歩いて回れるサイズ感が残っている。
・空き店舗が「点」ではなく「線」で残っている。
・文化資源が集約している
つまり遠野も秩父も、ここに該当します。
参考として、反対にもう復活が厳しい街とは何かをあげておきます。
・郊外のショッピングセンターが、完全に主役の街
・中心街が、通過点になっている街。
・歩く理由が一切ない街。
ここまで行くと、同心円を作るのは不可能です。
◯
以上が私がAIと話しながら出てきた問題とその解決です。
ぜひ参考にして、これからでも間に合いますから、皆さんで頑張ってほしいと思います。

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