※ 今日は小難しいです!
「私は自分の力で挫折したい。
お父さんは、いつも私の中に入ってくる。
でも
私は自分の力で、挫折したい。」
これは、ウ・ヨンウが父親に向かって投げつけた言葉です。
社会的弱者とされている
ウ・ヨンウの強烈な自己肯定でもあり、また、
つまらない取り越し苦労や、
余計な事に気を回す父親や周囲の人間に対する、
毅然たる自立の信念と決意です。
挫折まで親に介入されたくない、
弱者として扱われたくない、
という確固たる独立心です。
ここも、日本とは大違いです。
もう日本では聞くことが少なくなった「独立」という言葉。
世の中の荒波に揉まれ、
何から何まで、自力で判断し、自力で責任を果たし、
自力で自分を生きようとする意志。
こういう事は、今の日本では蜃気楼のように消えてしまいました。
逆にはびこったのが
親と子の「共依存」や、
母子密着です。
親は子供に、子供は親に依存し、
親も子供もが、依存し合う事で、補完し、
現実の厳しさから逃げる心理病理です。
子供が成人しても尚親が関わり、ぬるま湯の中を互いに依存してゆく結果、
子供の自活力や生命力は大きくディスカウントされたまま、
いわゆる、ゆでガエル症候群の中で病んでいきます
それに比べ、ウ・ヨンウは、
父親の介入を拒否し、
厳しい世間の風に当たり、失敗も、挫折も、自力で、やると親をつっぱねます。
勿論そこには、深く傷つくであろう自分も、
自分で拾いあげねばならない。
それでも、彼女は、
自分は自分の力で挫折する。
○
人間の子供は他の動物に比べ、親との生育期間が20年近くあり、
その長い年月の為に、社会に旅立つ前は、
親から沢山の事を刷り込まれた中を生きます。
親の感情や社会観や、価値観の良いところも、悲観的なところも子供に刷り込まれていきます。
勿論親も人間ですからネガティブな側面もあります。
子供が親から直截的に、感情的に受けるのが、
他人には見せない親の赤裸々なネガティブな姿です。
親のコンプレックスや愚痴は否定的感情などなどが
育成の長期に渡って子供の無意識に刷り込まれます。
※実は無意識に刷り込まれたこれらが厄介なのです。
これが人生の中で、その人を苦しめるのですが。
ただし、これはすべて
●親の個人的な姿とそのローカル情報にすぎません。
しかし、
子供は、それが親の個人的なローカルな情報と思わず、
誰にでも通用すると錯覚したまま、社会へとスタートします。
親から刷り込まれた事が、実際の社会に於いては、
はたしてそのとおりなのか、どうなのか。
それは人間として正当なのか、それとも個人的な歪みなのか、は、
その子供が社会人として、社会へスタートした時から試されていきます。
そして子供は親に保護されていた世界よりもっと複雑で、
大量の情報と感情が行き交う大きい世界(社会)で、
さまざまな事に直面しては、
失敗したり、挫折を繰り返していきます。
その直面する中から、親から刷り込まれた事の真偽を、
●自分の頭(脳)と身体で、体験的に学びとっていくのです。
ところが今の日本には、こういう生きてゆくための精神的な厳しさが
なくなってしまいました。
豊かになった日本の社会では、社会で生きる事の、
ほんとうの厳しさが、
ボヤけているのです。
※ これからは、経済も社会事情も厳しくなるでしょう。
その時、軟弱な日本の若者は逞しくしぶとく耐えていけるだろか、という懸念が、
私にはあります。
そういう日本の状況に比して、
ウ・ヨンウの言葉と行為はなんて
凛々しいのでしょうか。
○
こういう脚本を書ける脚本家や演出家が、日本にどれほどいるだろうか。
羨ましいかぎりです。

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