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◆差別や権利云々ではなく、思考原理と原点を持っているか、どうか。

ドラマ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」は、

女性達の描き方が素晴らしい。

一言で言えば、出てくる女性達が皆、考える女達である事です。

私は自分をフェミニストだと思うのですが、しかし、

被害者意識や、差別や権利や制度を振りかざすフェミニスト達とは

一線を隔します。

そう言うことも、大切であり、

おろそかにはしませんが、 

何よりも一番大切なことは、

女性達が自分の

・思考原理と、 

・思考原点を持ったいるか否か、

という事です。

つまり考える力と、そこでの整合性(何が正しいか)の原点を持っているか、

です。

このドラマでは、さまざまな立場の女性達がでてきます。 

全く無名の主婦や農婦や、またヤンキーの女の子。

意識が高いフェミニスト系の女性、さらには富裕層や

高名な体制ベッタリのエリートの女性達も。

そして、

問題に直面した時、

彼女達は皆、考えます。

勿論、自己矛盾や自己葛藤に、顔を歪ませながらも、

彼女達は自分と格闘しながら、

考えます。

そして、それぞれが、

自分の中の整合性(正しい事は何か)と葛藤し、

最後に結論を出してゆきます。

      ○

こういう事が素晴らしいのです。

初めに何が正しい、というのではなく 

考えることと、その自己葛藤の中に

意味があり、答えがあり、

最も重要なのです。

今回このドラマの脚本について、私は、初めて自分の同志に会えた気がします。

日本のフェミニストにありがちな

被害者意識、性差別意識、さらには、法や社会制度を変えることが解決だと思いこんでいる、

頭でっかちのフェミニスト達に、

わたしはどうしても違和感がありました。

大事なことは、如何なる環境においても、

如何なる差別的制度や状況においても、

どんな不合理な社会や立場においても、

女達が、

自分の力で考察し、

自分の力で解決し、

全身で立ち向かい、

自分の力で脱出することです。

それが出来ない限り、

いくら制度や社会を変えても本人が変わらない限り、何も変わりません。 

その上で、

たとえどんなことがあろうと、

自分の存在に尊厳を持ち、常に

自己肯定の中を生きる。

今回、このドラマの自閉スペクトラム症障害のウ・ヨンウは、

その生き方において、世の中の低級な差別や社会矛盾を、

自分の持っている整合性で、

あっけらかんと越えて行きます。

いとも軽やかに、です。

さらに登場する女性達は、 

誰ひとりとして、自分を見失うヒステリックな女としては、

描かれていませんでした。

みごとです。

聡明な女性達。

こういう風に女性が描かれたドラマを、初めてみました。

    ○

「私はみんなと違うから、

なかなか溶けこめないし、

嫌われることも多いです。

それでも平気です、これが私の人生だから。

私の人生は、おかしくて風変わりだけど、

価値があって美しい。」 

自閉スペクトラム症のウ・ヨンウ。

彼女は、ひとつも深刻ではなく、

自分の人生を誇りに思い、

自分と供に強く生きています。

※ 原点とは思考が起因する始まりの、つまり、

自分はどう生きるか、といういちばん基になる点です。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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