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◆差別や権利云々ではなく、思考原理と原点を持っているか、どうか、その2

人間は本人が被害者意識や差別意識に捉われている限り、

法が変わろうと、制度が変わろうと、何も解決できません。

そう言う人は、

ひとつ解決しても、また、

別の矛盾や差別を見つけ出しては批判し、自己憐憫し、嘆くでしょう。

つまり、そういう人達の無意識の深層には、

被害者意識や差別意識や、自己憐憫に対する、

歪んだ・快感と・執着とが潜んでいる場合が多いのです。

歪んだ執着が求めるのは、自己承認欲求と欲望です。

だから、自分の中の歪みと戦い克服しない限り

それは、形を変えて表面意識を乗っ取り、同じことを繰り返します。

ウ・ヨンウの障害、自閉スペクトラム症は、脳の構造からくる障害ですから、

そう言う心理的感情的な歪みはなく、だから彼女は、

まっすぐに問題に取り組みます。

そして。

ひとつのことが解決したら、そこで終わります。

余計な気を廻さず、純粋に問題解決へと取り組みますから、

問題の論理的な整合性が成立したら、それで終わりです。

だからあっけらかんと、軽やかなのです。

反対に、私達は、世の中のしがらみに縛られて、余計な気遣いや忖度をし、

本来なら明快、単純な事でも、感情を介在させ、より複雑かつ厄介にしているのです。

解決すべき問題のロジックな整合性にのみ向き合うウ・ヨンウの脳は、

極めて明快であり、まるで数式のように回答がでてきます。

これこそ、理性がちゃんと効いている事であり、とてもスマートに脳が使えているのです。

いかに、理性を磨くかは、常に

思考原理としての理性を主体とし、

それにもづいての文脈の考察が出来る事。

そしてその起点(原点)は常に

自分の整合性(何が正しいか)の答えを持っている事だと、

私は考えます。

ウ・ヨンウのドラマを見ていてなんだか今まで難問だと思っていた事が、

あっさり解けた感じです。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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