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◆本当に素敵な人は!

本当に素敵な人は、世の中の表面には出てこない。

その人たち、つまり知性が高ければ高い人ほど、

大衆からは疎外されるし、反対にかれらは慎しみ深く遠慮がちになる。

高い知性は時に、孤高の中をヒョロヒョロと歩き、

次元の低いところには目がいかないし、気がつかない。

次元が低いところでは、常に虚栄が小競り合いし、

大衆はそれに群がり、互いのエネルギーを食い尽くしていく。

つまり次元の低いものは、

流行の大衆に消費されていき、あとには、

イナゴに食い尽くされた荒涼たる原野が残る。

その繰り返しが、世の中であり、

古今、変わることがない。

私は、世の中の端を孤高に歩いている人が好きだ。

平松さんも、森安も、そういう生き方をして、若くして死んだ。

森安は見た目には派手で、口は社交的だが、中は決してそうではない。

森安の中には、決して他者にはみせないうす暗い湖があった。

しかしそこはよくよく目を凝らしてみると、世俗などを超越した透明な美しい青い湖であったと、私は思う。

今村昌平監督が、カンヌで何の賞をとろうが、私は失笑する。

お前、ほんとに人間の事分かってんのか…。

お前が本当に人間の事を分かっていたら、森安があんなに潰れるはずがない。しかし、しかしだよ。

勝ったのは、森安。

人間の格も森安の方が上。

一切無言で、すべてを懐に入れて、

星になった森安のほうが。

私は森安があんな形で早く死んだのが、ほんとうに悔しい。

そして、平松さんも51歳で若すぎる。

しかしね、

二人とも、生き方が素敵だよ。

二人とも誰をも傷つけることない人間であり、

まぁ森安は親友米山に甘えたけど…苦笑!

荒々しい自我を振り回す事もなく、

自分の道を飄々と歩いた。

しかしそこには、彼ららしい、

知性と文化がnoteされており、

それは私には憧れだった。

俗の淵を歩きながらも、

俗など眼下にしかない彼らの、

独歩の世界があった。

殆どの人間には、知られることも、理解されることもないそれは

しかし、

とても知的でまっとうな、

ダンディな、

人生の道であったと私は思う。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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