本当に素敵な人は、世の中の表面には出てこない。
その人たち、つまり知性が高ければ高い人ほど、
大衆からは疎外されるし、反対にかれらは慎しみ深く遠慮がちになる。
高い知性は時に、孤高の中をヒョロヒョロと歩き、
次元の低いところには目がいかないし、気がつかない。
次元が低いところでは、常に虚栄が小競り合いし、
大衆はそれに群がり、互いのエネルギーを食い尽くしていく。
つまり次元の低いものは、
流行の大衆に消費されていき、あとには、
イナゴに食い尽くされた荒涼たる原野が残る。
その繰り返しが、世の中であり、
古今、変わることがない。
私は、世の中の端を孤高に歩いている人が好きだ。
平松さんも、森安も、そういう生き方をして、若くして死んだ。
森安は見た目には派手で、口は社交的だが、中は決してそうではない。
森安の中には、決して他者にはみせないうす暗い湖があった。
しかしそこはよくよく目を凝らしてみると、世俗などを超越した透明な美しい青い湖であったと、私は思う。
今村昌平監督が、カンヌで何の賞をとろうが、私は失笑する。
お前、ほんとに人間の事分かってんのか…。
お前が本当に人間の事を分かっていたら、森安があんなに潰れるはずがない。しかし、しかしだよ。
勝ったのは、森安。
人間の格も森安の方が上。
一切無言で、すべてを懐に入れて、
星になった森安のほうが。
私は森安があんな形で早く死んだのが、ほんとうに悔しい。
そして、平松さんも51歳で若すぎる。
しかしね、
二人とも、生き方が素敵だよ。
二人とも誰をも傷つけることない人間であり、
まぁ森安は親友米山に甘えたけど…苦笑!
荒々しい自我を振り回す事もなく、
自分の道を飄々と歩いた。
しかしそこには、彼ららしい、
知性と文化がnoteされており、
それは私には憧れだった。
俗の淵を歩きながらも、
俗など眼下にしかない彼らの、
独歩の世界があった。
殆どの人間には、知られることも、理解されることもないそれは
しかし、
とても知的でまっとうな、
ダンディな、
人生の道であったと私は思う。

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