司馬遼太郎さんの短編を読んでいると、やはり司馬さんもかなり諦めの境地におられたようだ。
とくに、精神の清心さや生真面目すぎる無骨さの中にあった、
日本人の精神の芯みたいなものが溶解してゆく様を、嘆いておられる。
そして昨今に至っては、
もう坂の上には、
志しの雲すら見えない。
その有り様に、私もだんだん言葉を無くすしかない。
最近切々と思うのは、
そもそも日本という国も日本人もその文化も、
西洋を始めとすると他国圏とは、
根源的に違うということです。
そして、明治以来,日本はなんとウカウカと、
その他国圏に足を踏み入れてしまったかと、思います。
地滑りするように、他国圏文化に引き込まれている。
今更それを言ってももう手遅れであるが。
こんな事を書くと右翼かとレッテルを貼られそうだが、
そんなケチな話ではない。
日本人がアイデンティティを失うということの恐ろしさである。
無思想になった日本と日本人が、
その足を切られて世界の中で宙吊りになっていく,という話しである。
これから日本はどうなっていくのであろうか。
◯
その世界観,存在の地平の違いはどこにあるのかを知りたく、
イーロン・マスク氏の自伝を読み始めた。
彼が牽引する世界とは,いかなるものなのか。
ハーメルンの笛吹きに,ならないよう。しっかりと読んで、分析します。

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