この映画を作った6年前、今のデジタル社会、そしてさらにAI社会の先にあるのは、
再びアナログによって統合されていく社会だと私は直感しました。
おそらくそれを誰に話してもあまり理解を得ないだろうと言うこともわかってました。
しかし、何とかそれを私の生きてる間に残しておかねばなぁと思い、映画を作ることにしました。
この予告編で、大切な事は、
作る事はできることだと言うことです。
人間は常に何かを創造しながら生きてきました。
そして、人間は、常に労働をしながら、生きてもきました。
デジタルは頭(脳)の世界です。
アナログは体の世界です。
人間は、脳と体の両方を双方行に作用させながら生きています。
作る事は、生きることと言うのは、
脳使いながら、体を使い、
何かを作り出していくことこそが、
人間が人間たることなんですね。
私が直感した人間の危機は、これがどちらか一方に偏ってしまうと、人間はおかしくなると言うことです。
そして6年前、私のこの危機感を理解してくれる人は、ほんの少しで、
世の中は一気にデジタルに価値を置くようになり、
私はまるでその海に溺れそうになりながら、
違う違うと心の中で叫んでいました。
もちろんデジタルも良いことがあるんですよ。だってそれは脳と言う人間の半分の世界ですから。
そして、今、ようやくといいますか、
量子コンピュータの世界へと辿りつきました。
脳の中の働きが、0、1、というニ項対立の世界ではなく、
それこそ本当に脳の働きである、
たくさんのデータが、量や面を以て演算されていく世界です。
そこには2項対立では切り捨てられていた、曖昧な暗黙知の世界も演算されていきます。
ちょっと難しい話になりましたが、
これから少しずつ、今のデジタル世界がアナログ世界に統合されていく時代が来ます。
そして、昨日書いたように、アメリカもヨーロッパも、そして中国も、デジタルな世界(論理的世界)であり、
それを突き進むでしょう。
しかし、日本は違うんですよ。
日本は昨日書いたように、暗黙知の中で、人々がつながる世界であり、
デジタルに分離されていく世界とは、
違うんですよ。
そこに日本の創造性があります。
はっきり言える事は、日本は日本のその暗黙知でつながる世界を、元に、
再びものづくりの国として、自国を再建してほしいのです。
この予告編にある、美しい風景や、体を使って働く人々が消えたとき、
私たちは、とてつもなく大切なものを失うんだ、ということを忘れないでください。
コメント