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ホンモノのフェミニスト3、花開く人はどこでも花開く!

朝ドラの「ばけばけ」面白いねー。

これを見てると、花開く人(女)はどこでも花開くねー。

差別されても、生存条件が悪くても、

どんなに悪い状況にいても、

輝く人は輝く。

つまりは、その人の生き方、在り方なんだと、

私は思っている。

だから私は日本のフェミニズムもフェミニストも、

観念的で理屈っぽく、嫌いなんです。

例えば平塚らいてうは、樋口一葉を見下して、 

上から目線で批判したけど、

私から見たら、一葉の方が素晴らしい。

果敢に男社会に挑戦し、

最後は若い男性作家達からは、

憧れの目で礼賛されていた。

そればっかりじゃないよ。

彼女の晩年と言っても、24.,25歳の若さなんだけど、

その作品は,見事と言うくらい、

男社会の不条理に対して、

女をナメんなよ、と、噛みついている。

遺作「われから」は不倫する女を描こうとしていたが、

残念ながら結核に倒れてしまった。

これは私の推理ですが、

最後の「われから」は、

我から別れてやる、か

我から捨ててやる、で、

つまり、つまらない男は、

我(自分)から捨ててやる、という事ではないか、と、

思います。

ただこの作品は誰も評論していない。

多分,誰も理解できていないのではないかなぁー。

「ばけばけ」の小泉せつさんも、家族を養う為に、八雲の家の女中に入る。

それは決して彼女の本意ではなかった。

しかし彼女の聡明さに八雲が惚れ込んだ。

私が何を言いたいか、と言うと、

ホンモノのフェミニストとは

いつ、どこにいても

賢さ、逞しさ、粘り強さ、そして、

家族や人間に対する、

大きな包容力という、

女の魂を持っている

強いて言うなら、

その母性を

フェミニズムと言う。

最後になぜ私が漱石を高く評価するのかについて。

漱石は平塚らいてうにはダメだしをしたが、

一葉は高く評価していた。

つまり女性の素晴らしさの、

本質的な事を分かっていたのです。

そして漱石の遺作「明暗」は、

女性というものが自分たち男にくらべ、

ある種自由で奔放な自分自身の世界を生きていくことを、

書こうとしていたように、

私は思います。

しかし漱石も病に倒れて筆を折ったが、

多分彼は、そういう女性の中にある、

逞しい生命力を

尊敬していたと思います。

まーこんなところで、私のフェミニズム論も

一応筆を置きます。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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