MENU

こんな世の中で、働く喜びなんかうまれるはずがない1

働くのが苦しい、辛い、という。

そもそも、こんな世の中で働くことなんかが、土台人間として無理なんですよ。

つまり働いて何かを生産する作るって言う事は、

本当はもともと喜びなんですよ。

なのに、今の世の中働いて働いて何を作り出すの、

お金お金を作り出すの?

そうでしょう。

金が金を作り出すための世の中にしちゃったんだから、

喜びがあるはずがない。

金が金を産むために働いてるところになんで喜びが生まれようか。

働くという事は、自分が働いたことによって、何らかが実っていくところに喜びがあり。

その実ったものを収穫するところに充実があるんだよ。

例えば、

種を撒き苗を育て、実ったものを収穫すると言うプロセスに沿いながら働くことこそ、

喜びが生まれる。

それは単に稲や果実を育てると言うことだけでなく、

農業でも、工業でも、商業でも、サービス業でも、

自分が手をかけたもの、

エネルギーを注いだもの、

そして何かの役に立つために懸命に考えたことが、

社会の中で実っていく。

つまり、自分の労働とエネルギーが

ちゃんと1つの実として、

自分にフィードバックされた時、喜びになる。

そういう人間の自然性から離れて、

いわゆるIT産業やテクノロジー産業だとか、金融産業だとか、

なんだかわからないけど、数値やグラフや、

実体があるかないかわからないような

抽象的なところでばっかり生産性を要求されたら、

人間はどうなるかわかってるよね。

気が狂っちゃう。

若者たちよ、

自分を野に放て!

もう頭ばっかり使う仕事なんかやめて、

野に立ち、土を耕し、種を撒き、

苗や木を育て、

そして、しっかり実ったものを手にする喜びを、

味わって欲しい。

それは単に農業と言う事だけでなく、

工業も,商業も、サービス業も

同じだよ。

社会が金儲けとばかりに走ったこの数十年間は、

働けば働くほど人間がすり減っていった。

もうこういう時代を終わりにしなきゃいけないね。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

コメント

コメントする