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田下啓子エッセイ6 ピーター・ティールとエマニュエル・トッド、最後は情緒。

天才数学者の岡潔先生は、最後は情緒だよ、と書いておられる。

人口統計学者のエマニュエル・トッド氏と、トランプのシンクタンクで、シリコンバレーの覇者ピーター・ティールの対談を読んだ。

断っておくけど、ピーターティールは、トランプみたいなバカじゃないよ。

むしろキリキリに頭が切れる人物で、それなりに内面的な苦しみを経て来た顔をしている。

ただね、この対談を読んで分かったのは、ティールに欠けているのは情緒なんだね。

ご存知の通り、彼は先鋭的なテクノロジー推進者です。

つまり、頭の中は、ロジロジのロジックで、頭でっかちです。が、しかし

その一方で、彼の師匠であるルネ・ジラールの影響を受けた終末論を持っており、

彼の顔には、ある種の「ピエタ」悲しみが漂っているように見えました。

ただ私からするとティールの頭でっかちには、日本的な自然観がないのですよ。

まー、抜けているとも言える。

どうですか、わかりますかねー。

彼の世界に対する把握は、ロジックで語られる終末論で、

ガチガチに固められており、

そこには、ぬるーい,無責任な曖昧や、どっちに転んでもいいようなユーモアやアホらしさなんかが、入る余地がない。

ぬるーい、無責任な、曖昧で、どっちに転んでいい、というのが、日本的かというと、みんなに怒られそうだけど…笑!

実は、

そういう隙間空間や,論理にはならないムニャムニャが、大事なんですよ。

日本文化は、そういう非論理空間や非時間を大切にし、

すべてを明らかにせず、

なんとなく、空気を読むなんて軽業をしてきた。

そこには、大いなる自然に囲まれ、

人間の手ではどうにもならない自然があり、

それを畏怖してきた日本の歴史と伝統がある。

移ろいゆく四季折々の風に吹かれながら、

揺れる穂のように生きてきた日本人の生き様がある。

しかしそれこそ、脳知能の、

論理や言葉にはならない余白が、

大事にされることであり、

いわゆる最後は情緒だよ、という、

岡潔先生の世界観でもあります。

それが、アメリカにも、キリスト教世界にも、ない。

だからピーターティールも、アメリカも、突っ張る。

反対にさすがにエマニュエル・トッドさんは、その辺を心得ておられ、

彼は日本こそ、世界で最も和やかだと、対談を結んでおられた。

あー今日もたくさん書いちまった、ごめんなさい。

エマニュエルトッドさんの洞察どおり、

日本という国は、実は、他の先進国のようには詰んでいない、不思議の国です。

反対に残念ながらアメリカは危ない。

皆さん、この国を大切にしてくださいね。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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