天才数学者の岡潔先生は、最後は情緒だよ、と書いておられる。
人口統計学者のエマニュエル・トッド氏と、トランプのシンクタンクで、シリコンバレーの覇者ピーター・ティールの対談を読んだ。
断っておくけど、ピーターティールは、トランプみたいなバカじゃないよ。
むしろキリキリに頭が切れる人物で、それなりに内面的な苦しみを経て来た顔をしている。
ただね、この対談を読んで分かったのは、ティールに欠けているのは情緒なんだね。
ご存知の通り、彼は先鋭的なテクノロジー推進者です。
つまり、頭の中は、ロジロジのロジックで、頭でっかちです。が、しかし
その一方で、彼の師匠であるルネ・ジラールの影響を受けた終末論を持っており、
彼の顔には、ある種の「ピエタ」悲しみが漂っているように見えました。
ただ私からするとティールの頭でっかちには、日本的な自然観がないのですよ。
まー、抜けているとも言える。
どうですか、わかりますかねー。
彼の世界に対する把握は、ロジックで語られる終末論で、
ガチガチに固められており、
そこには、ぬるーい,無責任な曖昧や、どっちに転んでもいいようなユーモアやアホらしさなんかが、入る余地がない。
ぬるーい、無責任な、曖昧で、どっちに転んでいい、というのが、日本的かというと、みんなに怒られそうだけど…笑!
実は、
そういう隙間空間や,論理にはならないムニャムニャが、大事なんですよ。
日本文化は、そういう非論理空間や非時間を大切にし、
すべてを明らかにせず、
なんとなく、空気を読むなんて軽業をしてきた。
そこには、大いなる自然に囲まれ、
人間の手ではどうにもならない自然があり、
それを畏怖してきた日本の歴史と伝統がある。
移ろいゆく四季折々の風に吹かれながら、
揺れる穂のように生きてきた日本人の生き様がある。
しかしそれこそ、脳知能の、
論理や言葉にはならない余白が、
大事にされることであり、
いわゆる最後は情緒だよ、という、
岡潔先生の世界観でもあります。
それが、アメリカにも、キリスト教世界にも、ない。
だからピーターティールも、アメリカも、突っ張る。
反対にさすがにエマニュエル・トッドさんは、その辺を心得ておられ、
彼は日本こそ、世界で最も和やかだと、対談を結んでおられた。
あー今日もたくさん書いちまった、ごめんなさい。
エマニュエルトッドさんの洞察どおり、
日本という国は、実は、他の先進国のようには詰んでいない、不思議の国です。
反対に残念ながらアメリカは危ない。
皆さん、この国を大切にしてくださいね。

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