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遺言2、未来の経済は、AI社会から取り残された小さなスラムの中から生まれてくる。

1、未来の経済は、🔴AI社会からは生まれてこない。

未来の経済が生まれてくるとしたら、それは。

AI社会から取り残された、

⭕️小さなスラムの街から生まれてくる。

について書きます。

     ◯

まず、経済と社会学の基本のキ。

経済も文化も中心からは生まれてきません。

経済も文化も周辺から生まれてくるのです。

この基本のキを知らない人達がたくさんいて、偉そうに、AI社会を語ります。がしかし、

人のいないAI社会なんかから、

⭕️経済が生まれてくるはずがないのです。

こんなことちょっと考えればわかりますよねー。

要するに、今の人たちは、既に出来上がったものの上に生まれてきましたから、

0から経済が立ち上げるリアル体験を知りません。

また、0から経済が立ち上がっていく⭕️プロセスも知りません。

文化も同じですよ。

愚かしい事に中国は深圳と言う所に、

高度テクノロジーのモデル街を作っているそうです。そこでは、

無人のタクシーが走り、

顔認証とキャッシュレス、そしてドローンによる配達や出前などなど、

それは人を必要としない街だそうです。

ほんとに中国人は分かっていないねー。

いくら国費をつぎ込んでAIを開発して、どんなに便利で、効率,高速の社会にしても、

⭕️そこに人がいなきゃ、何の意味もないし、役に立ちません。

また、人のいないところで、🔴人間の脳は育ちません。

しかし、そういう深圳の街の片隅には「城中村」と呼ばれるスラム街があるそうです。

そこには、人がたくさんいて、その中から深圳の行動、テクノロジー化した街中へ出働きに出かける人もいるらしいです。

これはね、もともと中国が、

経済がわかってないから、こういう街を作っちゃうんだよね。

経済、文化は、

人がいてこそ、そこに種があるんですよ。

ロボットを使えば使うほど、人間の脳は劣化します。

さて、本題、

なぜ日本がこれまでも繁栄したかと言うと、

そもそものその始まりは、

戦後の焼け野原の

🔴スラム街から日本の経済が生まれ、立ち上がっていきました。

ボロボロの掘っ立て小屋と、

売れるものなら、何でも売ろうと、

地べたに新聞紙を引いて品物を並べる,という、

店としての体を成していない、

簡易の道端商売から、

日本の経済が生まれ、立ち上がっていったんですよ。

それは、やがて、市場になり、経済の拠点を産み、発展していきました。そして更には、

地方の中学卒の少年たちの集団就職の中から、

中小企業が生まれ、

そこから叩き上げて、日本の商業と工業の基礎を作っていきました。

もう頭の良い人は、

わかったかな?!

AIによる高度テクノロジー経済っていうのは、実は、

もうガランガランの空洞化した経済になっていきます。

そういうことがイメージすらできない人たちが、

あたかもAIによる経済発展があるかのような錯覚を吹聴します。

ちょっと余談になりますが、私の頭には、亡くなられた立花隆さんが最後の方で書かれていた以下の言葉が、染み込んでいました。

「この国は大変な困難に落ちるだろう。しかし、あの戦後の焼けの原からたくまし立ち上がっていった人々のことを思い出して、再び頑張って欲しい。」

私は、ハッと気がついたんですよ。

そういえば、日本の経済は、

あのゴタゴタの無秩序のスラム街から、始まったんだと。

はい、はっきり言いますと、

もうこれまでのような大規模経済は、どんどんメルトダウンして行くでしょう。

大企業と言うのも危ないですよ。

その反対に、

🔴ミニマルな経済が、あちこちに生まれるでしょう。

AI社会は確かに格差を生んでいくと思います。

しかし、

その格差の上部にいる人間たちの世界なんか、もう伽藍洞と同じです。

極端にスラムとまで行かなくとも、

地べたに張り付いて頑張ってる私たちこそが、

これからの時代の主役なんですよ。

もう一度、経済と文化は、

周辺から生まれ、やがて紆余曲折を経ながら、中心へ向かうが、

中心に達した時は、

ガランガランとした形骸化と空洞化がはじまる。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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