現代の資本主義経済は、300年も前にうまれたシステムです。
いわゆる搾取する、搾取される関係で成立するこの経済も社会も、
もう古すぎて、今、その末期症状の中であがいています。
実は、私は憲雄氏から、自分がいなくなっても、
インテージが50年は大丈夫な会社にしておきたい、という言葉を聞いたのですが、
今となってはもっと詳しく聞いておけば良かったと思います。
プーチンがやっている戦争などは、
20世紀の遺物であり、
この戦争の不毛さには、大勢の人々が気づいていますから、
もしかしたら、
この戦争の終結後から世界で変化が起きるかも知れませんね。
少なくとも中国は、なんらかの方向転換をせざるを得ないかも知れません。
楽観的な希望かもしれませんが、
領土や、エネルギー問題を解決するニューバランスの世界観が、
うまれるかもしれませんね。
何となく考えうるのは、
未来において、A I社会及びその先の時代においては、
古い体質のすべてが、最終的には、
人間さえも商品化されてしまう資本主義経済社会ではなく、
むしろ、人間性をとりもどし、
A Iの生産性と質を凌駕する、
A Iが作り出すのとは異なる人間が作り出す、
高次の商品や製品や事業が台頭してくるかもしれません。
おそらく、収益追求だけの、
一元的価値意識の企業は淘汰され、
労働も、搾取する、搾取される、と言う関係性ではなく、
新しい関係性による経済が生まれてくるといいなあと、
極めて楽観的な予想をしているのですが。
その時、思い浮かぶのが、昨日書いた憲雄氏の言葉です。
できる人も、できない人もすべてが参加した会社を作る。
それを私なりにイメージすると、
現代の縦のヒエラルキーの会社ではなく、
コンダクターの指揮の元に扇型に
平面に広がるオーケストラの組織のようなら会社です。
それは、以前のブログで書いた
帝釈天の天のネットのような組織ビジョンです。
空一面に張られたネットの結び目には宝石が付いていて、
その宝石は互いを照らしあい、輝き合い、世界を作り出してゆくのです。
ネットは会社というフィールドで、宝石は社員ですね。
そこに潜在する大きな可能性を憲雄氏は、見ていたのですね。
※ このフィールドと言う言葉は「森の対話」の憲雄氏とC・W・ニコルさんとで、語られています。
憲雄氏のそう言う構想を、彼の周囲の人間が理解しえたのか、
おそらく理解出来なかったのではないか、と思います。
できる人もできない人もすべての人が参加する組織としての会社こそ、
未来の会社(企業)モデルであり、
彼はその理念を、
社員も役員もすべてが共有する「高次の知の会社」として
会社の名前を「インテージ」と名づけたのだろうと思います。
彼が退任する時、この理念が否定されそうになりました。
だからこそ私は、その種が、その遺伝子が、
かき消されない様に映画「真艫の風」を撮りました。
田下憲雄が愛した一人一人の大切な社員の皆さんへの贈り物として、
作りました。
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