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◆放てば手にみてり!

「はなてばてにみてり」は、道元「正法眼蔵」の<弁道話>の一節です。

訳は、

「放てばかえって手にあふれ」

                       (禅文化学院編)

いいでしょう!

なんて素敵な言葉だろう。

執着を手放し、こだわりから抜出し、そこからの解脱は、

語れば口から生き生きした言葉が溢れ、

心は自由自在になると。

また、語らないことも素敵だからね。

ただし、

そこに到達するには、厳しい修行が必要であり、その体験をとおしてしか手に入らないとも。

次にイエスの言葉から。

「狹き門より入れ、

滅にいたる門は大きく、

その路は廣く、之より入る者おほし。

生命にいたる門は狹く、

その路は細く、之を見出す者すくなし。」

    (聖書・マタイ伝7章13ー14節)

道元もイエスも、同音に私に、

最も厳しい道をえらびなさいと言います。

そしてそれこそは、

心が自由自在になる道であり、

様々なる煩悩から

解放されることでも有ると。

私は、自立して、

様々に私を苦しめている

執着や所有の感情から脱すると決意し、

湧いてくる感情を砧で打ちなめしながら

実行!

捨てられるものは全部捨てた。

おかげで随分強くなりました。

まだまだ脆弱な私ではありますが、それでも

自分が大地に仁王立ちしたような感じです。

一方憲雄氏は、

当時のモーレツな会社、

低賃金と劣悪な長時間残業、おまけに恣意的な人事管理、という

会社から、

組合を立ち上げ、

人間回復の戦いをしました。

そして

インテージは、

自由に発言できること、

社員を大切にすること、

男女差別撤廃への強い意志をもつ会社へと

なりました。

最終的には私は、

やるなら存分にやれ、と、

その背中を押しました。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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