夏目漱石の「こころ」読み終わりました。
すごい作品ですねー。
一行一行書き上げるのに心身ともに、大変なエネルギーを使ったと思います。
最終章を読みながら私は胸が詰まって苦しくなり、
一時中断して朝風呂にはいりました。
それから熱いココアを飲んで心を整えてから、また読書を続けました。
「行人」では、主人公は人間の脳が不可避的に持つ不安や畏れに苛まれます。
さらに
知識人としての自分を容赦なく分析し尽くした漱石が、
「こころ」では、人間のエゴイズムと倫理について問いかけます。
本当に残念ですが人間は自分のエゴイズムの感情に捉われてしまうと、
自分が見えなくなってしまいます。
集中した強い電流が、自分のエゴを遂行するために脳中に蔓延し、
自分以外見えなくなってしまいます。
アッと気づいた瞬間には、もう取り返しのつかないことをやってしまいます。
なんとも愚かで悲しい人間の弱さです。
「こころ」の先生は友人K氏に対して、初めから自分の思い込みと、自分の優越性があり、
その思い込みに基づいてK氏を援助をしますが、
その優越性が逆転しそうになると、
動揺し、自分の倫理性を失っていきます。
しかしそういう人間の在りようも、
実は人間の脳が持つ不可避的な
脳の原理現象です。
主人公の<先生>がなぜ自殺したかは、
巻末解説で三好行雄氏が書いておられるように、
自分の愛する人を友人に奪われそうになった時、
<人間の罪>の<恐ろしい影><物凄いひらめき>が生まれ、
友人を裏切ったこと。
その人間の原罪ふうな存在悪の認識まで、先生をつれだしてしまった事。
そのエゴに気づいた先生は、もう自分を断ち切るしかありませんでした。
だからこそ私たちは、よほど注意深く自分のエゴイズムを見張っていないとダメなのです。
驚くのは、あの明治の時代によくこんな小説を書いたことです。
そして新聞小説として日々書かれたこの重く深いテーマを、
よく明治の読者が理解したなぁと、思います。
「行人」も「こころ」もその深い根底には漱石のひっそりとした人間への愛があります。
さて、次は「道草」です。
多分ここには、ある答えが書いてあるのではないかと、私は思うのですが、
どうかなぁ。
頑張って読みます。

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