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漱石メモ 6

漱石の小説は、とりあえず自分の感情を凍結し、

理知の目で読まないと、読み違える。

というか、理解できなくなる。

漱石の小説を、男女の恋愛や夫婦の葛藤や男の友情物語として読んでしまうと、間違える。

それらの男女はあくまでも小説の駒に過ぎず、

漱石の主眼はそれではないからね。

彼が見つめ掘り起こそうとしたのは、

人間の根源に薄暗く溜まっている、

不安や畏れや、

解決不能な自分の自我の執着と、

それによって起きる感情の衝動です。

どんな人間も、それに振り回されて生きてしまうからです。

そこに人間の苦悩が生まれます。

だからこそ彼は「門」の中で「父母未生以前の面目とは何か」を探そうとします。

「行人」のテーマも行き着くところはそれであり、

では、父母未生以前の「私」とは何なんでしょうかね〜…。

私は、

純粋そのもの、何も疑わず、何も迷わない「私」という魂を持った生命ではないかと考えますが。

それを漱石は「行人」の中にでてくる女中のお貞さんにみます。

迷いや疑心暗鬼で、頭がグチャグチャにならない人間です。

漱石が見た遠くの出口の光と、

良寛が見ていた高天から刺す光と、

私が憧れ見ていた遠くのそれが

一致している。

だから私は漱石に惹かれ続けた。

さぁ、次は「こころ」です。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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