私は他人から期待されるのがまっぴらごめんである。
だから私も他人に期待しないようにしている。
その人達を通して少し希望が見えてきた、という青年たちがいる。
まだまだ40代であろう彼らの人生も、試行錯誤や紆余曲折があり、
さまざまなに直面しなければならない厳しい現実が立ちはだかるだろう。
しかし、彼らに出会いやっと私は
安堵したのである。
一人は映画でもご紹介した菊池陽佑氏、
二人目も先般記事をご紹介した君島佳弘さん、
三人めはこのところ頻繁に書いたマーケティングのスペシャリスト、
渡邊隆史氏である。
菊池陽佑さんは自然栽培の米作りを通して、
君島佳弘氏は、思慮深いその生き方や彼が作ろうとしているその文化圏が、
そして渡邊隆史氏は日本のマーケティングについて、
それぞれのドメインの中の先取者であり、
私が抱いている日本の、或いは
人間の未来に対する不安と危惧とを
払拭とまではいかないが、
しかし私は彼らと知り合い、彼らを眺めながら、
ホッとしている。
少なくとも、彼らは自分で考え、
時代や社会を相対化し、
それに流されず、
むしろ、そこから未来への旗を立てようとしている。
果たして旗が立つかどうか、未来は決して容易くはない。
しかし君島青年が書いておられたように、
一つの世代が逝き、次の新しい世代が始まる。
終わりがなければ新しくは始まらないのである。
ユング心理学には「死と再生」のプログラムというのがある。
それは個人の内面における「死と再生」であり、
世代や時代のことを指している訳ではないが。
しかし、一つの世代や時代が終わらなければ(死ななければ)、
新しい時代は始まらないのである。
私たちは自分の役割を終え、もうバトンは渡された。
私はやっと自分の役割りの終わりを自覚し、
ホッとしている。

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