究極的には、
人間は、生物現象と物理現象と、最終的には、化学現象(ケミカル反応現象)かもしれないと、
私もそう思います。
そもそも人間がロゴス(言葉)を発明してから、
あたかも自然界や人間世界のことについて、
ロゴス的説明がつくような、
勘違いと尊大さに陥りました。
しかし自然界も人間界も
実はロゴス以前から存在しており、
その本質は変わらず
特に自然界においては、
もともとが卑小な人間界などとうてい敵わないスケールです。
人間がロゴスで仮想し、説明するより、
遥かに大きく、未知なるものなのです。
※ ここでもう、ハッと気づいた人もおられるかな?
しかし人間はその奢りの中で、
自然界も人間界もが
ロゴスで説明できるかのような錯覚で、宗教を作り、
また、
科学で解明してコントロールしだしました。
更にはそのロゴスで解明し科学でコントロールする世界が、
万能への道に通じるかのような勘違いをし、
それによって発展する経済もが、
無限であるかのような錯覚にも、
陥ってしまいました。
今もそうです。
とんでもありませんね。
ロゴス(言葉)で語りうる世界は、
人間だけに通じる世界だけです。
人間を中心に発意、発想することそのものが
狭小な世界でしかあり得ない事に、
気づかなくては。
また、それが人間の自我の欲望で、汚染されていることにも
気づかなくては。
つまりこの世の現象は、
たかだか人間が作り出した、
ロゴスの範囲内の認識でしかないのです。
人間が自分達の発明したロゴス世界に、
閉じこめられた、とも言えます。
◯
芥川は「西方の人」の中でキリストのことを人間だとし、
ジャーナリストと書いています。
伝道者ではなく、ジャーナリストです。
つまり、その時々の真実を伝える人です。
キリストはその役割を担った人間だと、龍之介はしているのです。
しかしキリストが話す真実を良しとしない人々によって、
十字架に掛けられ刑死しました。
「西方の人」を読んで私は、芥川があの時代にもう既に、
キリストを人間だとし、
宗教も人間が作り出した幻想であることをわかっていたその先見性に、
驚きます。
また同様に、
「東方の人」つまり老子や孟子や釈迦も、
その言葉も、大変奥深いものではありますが、
当時の状況から生まれた人間の作り出した思想です。
つまり芥川は、
ハッキリ現象という言葉で掴んでいなかったかもしれませんが。
すべてが人間が作り出した現象であるとに、
気づいていたのだと、思います。
人間が作り出すロゴスで語られる世界は、
永久かつ、恒久ではないからこそ、
キリストをジャーナリストと書きました。
ジャーナリストは、
すなわち言葉を駆使する人です。
そしてジャーナリストは時代に限定されます。
芥川の着眼は
明治から大正にかけての時代においては
突出した明晰さです。
しかし当時、
それを理解できる人間は、殆どいなかったと思います。
いたとしても極小だったと思います。
そこに芥川龍之介の絶望と焦燥があったかも知れません。
現代においても、それを理解できる人は極小です。
人間は現象である。
もっともっと人間が賢明になり、
いつか、このことが、
広く知れ渡る時代が来ると、
思います。
この難解なテーマをお読みいただけたことを、
心より、感謝致します。
オマケ
例えば
AIは人間の現象を・統計・分析・再現している。
基には、
人間が現象だからこそ、
それが可能になる、って訳です。

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