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氷河期世代をナメんなよⅡ-3 希望なんか見つかるはずがない!

氷河期の若者たちの悲劇は、

日本の経済が、いわゆるケインズ主義に基づく日本型資本主義(家族的包括経営)から、

新自由主義に基づくアメリカ型(株主利益優先経営)へと移行した世の中に、

まっ直面させられたことである。

もしあなたが、一生懸命受験勉強を頑張り、大学をでて良い就職口を見つけようとしたら、その就職口も競争に晒されてて、

挙げ句の果てには,就職できなかったとしたら、

あなたはどうするか。

もしあなたがまともなら、心が折れるしかないだろう。

日本という国は、この狂気とも言える、いやもしかしたら喜劇かもしれないシナリオの上を、子供達(若者達)を走らせた。

そこで守備よく成功し、希望の大企業に就職できたのはほんの一握りであり、

多くの若者がその夢を挫かれた。

たとえ就職できたとしても、そこはもはや日本型家族経営の会社ではなく、

市場原理と過当競争により、

社員を搾取する欧米型経営の会社であったり、

会社の価値観で動く上司達の巣であったりした場合、

その人間は、

もはや人間ではなく、駒の一つにしかならない。

そして更にアホなことにこの国は、

構造改革の「雇用改革」という名のもと、

企業に有利な、最悪の悪知恵のやり方、つまり「派遣労働の解放」をやったのである。

それまでは、派遣は専門的業種、例えば通訳などに限られていた。

しかし96年の橋本政権〜99年の小渕政権の間に、派遣は殆どの業種で解放された。

派遣は明らかに正規社員を減らす経営側にとっては、

都合のいい制度であり、

当然、就職に失敗した若者達は、派遣へと吸収されていった。

そこから更に若者達の漂流が加速してゆき、

アルバイトやニートで食いつなぐ、という、ある種、なんとも異様な労働システムの中に、

この国は若者達を放り込んだのである。

もう企業に入らず、義務的な世界から解放されたいと思う若者達は

逆に派遣を選んだ者もいるだろう。

もし私が彼らの立場であったら、

中学からいや、もしかしたら小学校から延々とはじまる受験という、

勉強の義務からやっと解放されたかと思ったら、その先にまた、

企業の中で縛られるという義務が始まるとしたら、

もう、ほんとにいや気がさすだろう。

そんな若者が派遣を選ぶのも、無理はないとも、思う。

しかし、しかしそこに希望はあるだろうか。

確かにバブル崩壊後、アジア経済危機もあった。不良債権のこともあった、しかし、

だからといって安易に日本型経営を放棄し、

グローバリズムスタンダードと言って、

新自由主義に基づいて株主優先の欧米型経済へと

政府も財界、経済界も、そしてマスコミ、ジャーナリズム、さらに野党までが、一斉口を揃え、思想転換をした結果、

今がある。

こんな世の中で、若者がやる気を失うことは、当たり前でしょう。

閉塞感ばかりが募り、挙げ句の果てに、世界で戦争がはじまるかもしれないってか〜。

冗談じゃない。

もーこの国を丸ごと変えなければ、ダメになる。

ただ、ただね、希望はある。

今、世界の中から少しずつ、

「日本型資本主義経営」の素晴らしさに気づく動きが出てきている。

だが油断はならない。

次回はなぜ高市政権が支持されるかについての

<厳しい>分析を書きます。

       つづく。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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