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エッセイその5、生々しく生きる。

人間は指を切った血がでる。

それは生温かい血で、

人間が生身で生きているという証拠です。

だから傷ついたら心の血がでて時に止まらない。

でも,それこそが自分が生きている証なんです。

私達はロボットでもなく機械でもなく、 

日々感情という血が身体中をめぐり、だから喜びも悲しみも時に憎しみすら、私達の命を循環させている。

この生々しい血は、生きている実感でもあり、

実感は決してA Iにはありません。

なぜ人間には感覚や感情があるかというと、

それはオギァと誕生以来、

全く未知の世界を生きる為のセンサーとして、生命が獲得した大事なツールなのです。

つまり喜びは勿論、悲しみ憎しみさえも、

⭕️生きようする強烈な営みなのです。

その深い情緒を持ってその次に、

人間は考える葦であるのです。

水辺で弱々しく風に揺れながらも必死で立ち考える葦なのです。

人間は切ったら血がでるし、

考えても考えても迷路から出られない時もたくさんあります。

そう言う風に生々しく生きることは、時々とても辛いです。

それでもそういう風に世の中を実感しながら生きるってことが

いかにも人間らしく、

素敵なんですね。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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