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行き過ぎた利便性の文明を歯止めし,節制ある社会と生活へと戻る!

人間にとってちょうどいい時間の流れは、

日本なら四季折々とともに流れてゆく、ゆったりとした時間であり、

時に考え,佇む時間である。

それに比べ、

今の時間の流れは早すぎて異常である。

息つく暇もなく事象が流れ、

人間は考える暇もなく、

まるで急流に舞う落ち葉の如く流されていく。

人間がモノのように流されていく。

元来自然と人間の感性が調和するところに、人間の存在の安定と安らぎがある。

自然の、自然的な成長の時間の流れの中でこそ、作物が実ってゆき、

人間の成長も、長い人生の時間の中にある。

しかし今、

文明が人を飲み込んでしまった。

      ◯

人間は欲張ってはいけないのである。

人間が自然の流れではなく、

それ以上を求めると、

自然と人間のバランスは崩れ、歪むしかない。

過ぎたるは及ばざるが如し。

なんでも,求め過ぎてはいけないのである。

プラトンは「国家」の中で、良き都市国家の条件は、

人々が・知恵があること・勇気があること、それともうひとつだいじなのが、

⭕️節制することができることだと、

説いている。

行き過ぎたテクノロジー文明への依存を少し、アナログ的文明へともどし、

早すぎる時間の流れを、もとの、

のどやかなものにもどし、

そして自然の牧歌性に包まれて生きる。

それが、

人間の宿命としてあることだと、私は思う。

自然から離れると人はすさむ。

自然と共に生き、

自然と協働して、作物を作り、

個々に分断されるのではなく、

共に労働し、創作し,そして助けあって生きる。

もう,あちこちが破れてきた今だからこそ、

そういう未来を、再度模索して欲しいと、

私は願っている。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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