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田下憲雄、永眠しました6、高度経済成長の原点は日本人の民衆力にある。

明治維新以来日本は常に西洋と肩を並べるべく頑張ってきた。

しかし維新の前は人々は藩の人間であり、

司馬遼太郎さんふうにいえば、

維新になって国というものが人々の前に立ち現れ、

日本人は、始めて国民になったのである。

その国を掲げて日本は必死に背伸びし、西洋に対抗しつづけたが、

結果的にはあの戦争で惨めな敗戦国になった。

なぜわざわざ惨めな、という形容詞を付けたか,というと、

良くも悪くも日本はその上にアメリカ、という国を、拝さざるを得ない立場になってしまったからだ。

以来、表の歴史も裏の歴史も常にアメリカというくびきが外れることなく、現代まできてしまった。

今そのアメリカが崩壊寸前になっている。

時代劇風に言うなら今こそアメリカに一矢をむくいるか、寝首を切って捨てるチャンスでもあるのだが…笑

日本はすっかり腰抜けになってしまったからできる訳がない。

しかし、やはり私はもうアメリカとの癒着というか、腰巾着をキッパリやめる時だと思う。

そして明治以来の西洋への憧れとその幻想を捨てて、

今度はその深いその眼差しを、日本自身へと向けてほしい。

そしてそこを足場にして

日本独自の在り方へと舵をきらなければならないと思う。

日本独自の在り方とは何か。

そしてそれは、

日本がアメリカと決定的に違うということを、

私は伝えたいのである。

アメリカというのが強烈な肉質であるなら,日本は風にそよぐ草食な国であり、

そこにあるのは、

日本の民衆の勤勉さと、誠実さである。

そしておそらく世界中どこにもない感性と感覚である、

江戸時代から培われた、

🔴秩序感と、

ある種統制の取れた集団としての

🔴まとまり感であり、

それが

🔴会社という形に現れていた。

そして愚直であれ,という究極の哲学などは、

とうてい、アメリカや西洋には理解し得ないだろう。

その勤勉さと、誠実さと愚直をもって、

日本人は、戦後の目覚ましい復興を果たした。

ことわっておくが、多くの人が勘違いし、見落としているのが、

日本の高度成長のその始まりは,

朝鮮動乱の特需ではなく、

それ以前の、戦後に直ぐ始まっていた

民衆力の中にあることだ。

朝鮮動乱の特需がきっかけが定説化しているが、

私はそれ以前の戦後すぐのゼロ状態から、

自力で生き延びようとした日本人の底力こそに、

日本経済が復活するエネルギーの発源が、準備されていったと考える。

それは戦後生まれた子供達が、中学生となり、集団就職して上京し、

辛抱して苦労して下積みから中小企業を立ち上げていく原動力へと転化していき、

まさに日本を高度経済成長へと押し上げたと考えている。

ほんとうはね、この国の人々は、大したものなんですよ。

      ◯

私は、もしこれからアメリカのあおりをうけて日本が沈没しそうになっても、

立花さんの言うとおり、戦後を乗り越え、更に大震災も津波ものりこえる日本の大衆の底力を、

信じたいのである。

                           つづく

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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