例えばアメリカや西洋諸国が崩壊したあと,どのようなことがおこりうるか。
たとえ崩壊までにはならなくとも、
もし日本の中央が崩壊し、既存の産業がバラバラにバラけてしまったら、
産業を再構築するにはどうしたらいいか、
マーケターはなにをやればいいか…。
◯
もうひとつ憲雄氏から教えて貰ったことがある。
それは、高いこころざしをもってはいるが、個人事業や、家内工業化している個々の生産者を、
持続可能な産業化へと結実させるには、どうしたらいいかと言う事である。
きっかけは、私がプロデュースした映画「どこかに美しい村はないか」に出てくる、自然栽培の米農家菊池青年の為に、
今後必要なことは何かと訊いたことである。
日本には菊池青年と同じようにこころざしを持った生産者が、
日本中に
点在している。
この点在している、と言うことは、
逆に言うと、
点在しかしていない,と言うことです。
つまり、
それは点としては個々に優れているが、
なかなか持続可能な産業までにはなっていかない。
むしろ職人的な次元で止まっている。
菊池青年が来宅したらきっとそのことを教えてくれたと思うが、残念ながら間に合わなかった。
ではどうすれば産業化への道筋が開けるかについて、
私がざっくり聞いたとこでは、
産業化はひとつの個体では無理であり、
その地域、或いはその生産者達が、
おおきな塊となって登場しなければならない。
それは明らかに、塊となって豊かな供給力をもつ集団として登場するということである。
そして大事なことは、
これまでの
農協のようなヒエラルキーをつくるのではなく、
むしろ
台形の組織としてあらねばない。
例えば自然栽培だけに純化せず
最終目的が共有されていれば、
自然栽培農業だけでなく、
有機農業も、慣行農業さえも包括するスケールを持って登場する。
それは個々の農業の形態において、
それぞれの生産方法において自立しており、
かつ生産物の値段体系も,
マークケットもそれぞれが自立的に設定する。
ただ、大きなこころざしが最終目標にあり、
それで大きくざっくりと、
それらを包み込む。
地域や地帯、または個々の生産者が、
連続或いは、
非連続に生産を媒介に、
山として
ある種の塊として、
姿を現し、
確実に社会の一角を担う地域産業或いはスペシャル産業として、
頭角を現す。
その時こそプロフェッショナルな
マーケティングが必要であり、
マーケターは、生産性と共に、
これまでとは全く違う新しいマーケットを開拓していかねばならない。
これまでの農協のような組織ではない集団として、
農業の持続可能性を拓いていく。
それは、
農業以外においても、同じだよ。
憲雄氏によれば日本はその気質にどうしても職人的なものがあり、
それを超えてダイナミックに連帯するスケールを持つこと。
互いに牽制したり、決して否定しないこと。
成功するには、
それを舵とる大きなスケールの
リーダーシップが、必要だと言っていました。
○
私としては、日本経済の再生の鍵の
その中心となるのは、大企業の復活ではなく
日本の中小企業や零細企業の製造業が、
再び輝きだすことだと考えている。
文化も、産業も、周辺から起きてくる。これはムーブメントの大原理でもある。
産業が、
ゼロから出発して1まで辿り着くそのプロセスにおいて、
きっと彼らこそが、揺るぎない基盤になって行くに違いないと、
思っている。
その彼らのマーケットをどのように模索し、作り出すかは、
プロフェッショナルマーケターの腕だろう!
そして、そういう産業を、アメリカは作り得るか?
日本は作り得るか…。
つづく。

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