非凡とは何かと言うと、
逆に凡庸とはこの世に甘んじてしまうことである。
では、世の中とは何か、それは差し障りのない程度に妥協して生きるということである。
無難とも言う。
世の中に流れているのは、極端にいうと虚構(偽善や嘘)で、
皆さんだって他者に本当の事は言わないでしょ。
本当の事は胸に収めておいて、言葉に出すのは、差し障りのないことでしょ。
非凡な人間はそう言う社会には順ぜず
世の中から石を投げられても、槍がぶっ飛んでこようとも、
そんなものには関係なく、
自分の手のひらの中にある、
ガラス玉のような才能を握り締めて、生きている人間です。
他人にも世の中にも
譲れない自分のそれを貫く、
ベクトルを持っていると言うことです。
世俗にまみえれば、まみえるほど、
自分は平坦になり、平均化される。
凡庸もひとつの選択でもある。
しかし、非凡の中に起きてくる、
感動的な衝動は得られないでしょうね。
◯
人間は本当は誰もがその個性の中を生きています。そして社会とは、
その時々の人間達が作り出す蜃気楼の様な現象です。
だとしたら、その蜃気楼に惑わされず、もともとある自分の中にある確かなものこそ、
その人の才能だと思います。
どんなところにいても、誰といても、
自分は確固たる自分であること。
それこそが、
自分の「レーゾンデーテル」(存在理由)だと思います。
良いお年を!

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